1954年4月、アメリカ生まれ。右投右打。一塁手。背番号44(阪急)→23(ダイエー)。アルバニ大からパイレーツに入団し、ブルージェイズ、ツインズで大リーグの試合出場を経験して、1983年に阪急ブレーブスに入団。
大リーグでは通算打率.228だったものの、阪急では1年目から打率.317、17本塁打を放つ活躍を見せる。
さらに、日本に慣れた1984年には打率.355、37本塁打、130打点という好成績を残し、外国人初の三冠王となる。チームも、この年、リーグ優勝を果たし、ブーマーはMVPに選ばれている。
その後も安定した成績を残し、落合博満との熾烈なタイトル争いを繰り広げた。
1985、1986年は連続で落合に三冠王を奪われたものの、落合が中日に移籍した後は1987年に119打点で打点王、1989年に打率.322、124打点でニ冠王に輝いている。
1992年にはダイエーに移籍。この年も、活躍を見せて97打点をあげて打点王に輝くが、その年限りでダイエーを退団し、38歳で引退。
2メートルの巨体ながら、やわらかいリストと長い腕を生かした、しなやかなバットコントロールで三振が少なく、安打と本塁打を量産した。
通算成績:打率.317、277本塁打、901打点、1413安打。首位打者2回、本塁打王1回、打点王3回。ベストナイン4回、ゴールデングラブ賞2回。最多勝利打点1回。シーズンMVP1回。
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