1.あれから4年
日本は、2002年6月18日、W杯の決勝トーナメント1回戦でトルコに0−1で敗れてベスト8入りを逃した。初のW杯ベスト16。
しかし、その健闘は、四年前から見れば、途方もない夢だった。
日本が初めてW杯に出場したのが1998年フランス大会。それも、最後の試合の延長にゴールを決める、という苦しいゲームだった。
乗り込んだフランスでの一次リーグでは3戦全敗。アルゼンチン・クロアチア・ジャマイカ。どの試合も1点差。しかし、どの試合も内容は完敗だった。1点も決められなかったエースストライカーは、帰還した空港でファンから水をかけられた。
あれから4年。
チーム最年少のレギュラーながら日本代表で最高の働きを見せた中田英寿は、「個人的にはそう差は感じなかった」という言葉を残して海外移籍のきっかけにする。
中田・小野・稲本といった海外への移籍選手と急成長してきたJリーグの若手選手の台頭で、日本は飛躍的に強くなった。
瞬間的なパス回しが上達し、ドリブルでかわしてからシュートまで持っていけるMFが揃った。
そして、くじ運にも恵まれる。
初戦のベルギー戦を2−2で引き分けて、日本が歴史上初めてのW杯勝ち点1。ベルギーにあまりにも芸術的なオーバーヘッドシュートを浴びて0−1とリードされてから一度は2−1と引っくり返しての引き分けだっただけに、この試合で日本の一次リーグ突破が決まったと回顧する人も多いだろう。
2.冷静な英雄
二戦目のロシア戦では、終始圧倒し、1−0で勝利。
歴史的なW杯初勝利。過去のどの世代もが成し遂げられなかった勝利の扉を日本の枠を超えて活躍する新しい人々がこじ開けたのだ。
熱狂する日本。誰もが冷静さを失っているように思えた中で、ある一人の言葉が突き通るように聞こえてきた。
中田英寿のインタビューである。
「歴史的な初勝利を挙げたお気持ちは」
と尋ねられた中田は、笑顔一つ見せずにこう答えたのだ。
「初勝利というものは、どんなことにも必ずあること」
彼の言葉からは、W杯の1勝が勝ち進むための単なる1勝にすぎないこと、そして、最初から勝つことを当然のこととして考えていたことがうかがえる。
4年前の中田のプレーは、やはり当時の選手の中でも際立っていた。フィールドの中央を縦横無尽に駆け回り、出したパスをカットされてもそれを取り返してドリブル突破して速いパスを出す、という暴れぶりに全国のファンが驚嘆した。
初めて中田のプレーを見た僕は「彼がいれば、サッカー日本代表の中盤はあと10年大丈夫だ」と触れ回ったが、その後の彼の動きは、僕の想像をはるかに越えていた。
イタリアへの移籍。そして、絶賛を受け、瞬く間に世界を代表するプレーヤーとなってしまった。
それに続いて、いろんな選手が海外へ出て行くようにななる。
彼は、海外で活躍できる若手選手の先駆者になった。
全盛期を過ぎてから世界に挑戦した三浦知良が江夏豊に例えられるなら、中田英寿は野茂英雄やイチローに例えることができるだろう。
彼らに共通するものは多い。常に冷静な戦術眼。それと、自らの技術へのゆるぎない自信と決して曲がることのない信念。
彼らの冷静に状況を分析するかのようなインタビューは、僕の心をとらえてやまない。
イチローは、2001年のアメリカンリーグMVP獲得を一年間通して働けた結果と分析し、野茂は、メジャー通算1500奪三振を「試合で投げていればいつかは超える数字」とそっけなく答えた。
今や海外との距離は近い。
「今の若い人っていうのは、海外へ出て行くことに何の抵抗も感じていないんだ。そこが凄いよね」
北野武は、海外修行して帰ってくる芸術家たちについて、このようなことを述べている。
日本国内で引っ越すのと同じような感覚で若い人々は海外へ移住し、才能を磨いて帰ってくる。世界規模のつながりはただインターネットのようなパソコン上だけの話ではない。人間自体も世界規模で移動してつながり、より広いエリアの人々に知られていく。
それは、スポーツの世界に留まらず、学問や芸術の世界でも同じ現象が起きている。逸材が国内だけの英雄として埋もれていく時代は終わったのだ。
3.スポーツの力
サッカーと野球は、見ての通り全く別のスポーツである。日本やアメリカでは野球人気の方が勝っているが、世界全体で見るとサッカー人気の方が勝っている。しかし、どちらもスポーツであることに変わりはない。
今回のW杯で好成績を残したドイツのあるサポーターは、こう述べたという。
「サッカーと人生を比べるな。サッカーより大切なものは世の中にない」
それに対抗できるような言葉が野球にもある。アメリカの野球記者が言った言葉だ。
「野球がスローで退屈と思う人、それはその人が退屈な心の持ち主にすぎないからだ」
野球もサッカーも、日常生活のいかなる出来事よりも遥かに面白い。
今回、W杯を応援したある日本サポーターは、こう漏らしている。
「こんなに楽しい経験をしたのは生まれて初めてだ」
今回のW杯は、日本の歴史上で最大級の社会現象を巻き起こした。それまで、Jリーグやサッカーというスポーツ自体に全く興味を持たなかった者までにも目を向けさせた。
これほどまでの盛り上がりを見せつけらると、スポーツが持つ力の大きさを誰もが認めるだろう。
世界全体の盛り上がりと極限にまで高められた才能、それらから生まれる珠玉の言葉が日常を忘れさせてくれた。
「感動」と呼ぶものはつまり、そういうことなのだろう。
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