燃え尽きるまで 〜年齢の限界に挑むベテラン〜

山犬

   1 ベテラン

 野球選手として超一流の証明。
 それは一体何なのか。挙げてみて欲しい、と言われてあなたならどう答えるだろうか。
 通算200勝を達成した投手。通算2000本安打を達成した打者。
 確かに彼らは超一流である。
 タイトルを何度も手にした選手。日本記録を塗り替えた選手。
 確かに彼らも超一流だろう。
 しかし、僕は、これらにもう一つ証明を付け加えたい。
 40歳を超えて尚、現役を続けている選手である。

 言い古された言葉であるけど、人は必ず老いていく。20代であらゆるタイトルを獲得して頂点に登り詰めたプレーヤーも30代後半になると若いときと同じ成績は残せなくなる。
 日本のプロ野球界では、30代に入るとぼちぼちベテランと呼ばれ始める。
 30代半ばは誰が見てもベテランだ。そして、大抵の選手達は40歳になるまでに引退する。政治家が50代そこそこなら若手と呼ばれることもあるのに、野球選手は、40歳を前にして身を引かざるを得なくなってしまうのだ。
 偉大な記録を残した選手であっても、成績が落ちてくると、コーチの椅子を用意されて引退することが多い。彼らのプライドに配慮しながら球団は「もはや戦力外ですよ」と暗に示して引退させてしまうのだ。
 実力の世界とはそういう厳しさがある。記録面で明らかなまでに「老い」が見えてしまうからだ。
 サラリーマンのようなごまかしは効かない。
 四番を打っていた選手も、やがては控え選手に回され、エースだった投手も登板させてもらえなくなっていく。そして、引退しない選手は一人もいない。
 おそらくそういうことは誰もが頭の中では知っている。しかし、具体的にそういう時期が来たときの対処法まで考えてやっている選手は意外に少ないのではないだろうか。

 若いときは、がむしゃらに走り続けてしまう。疲れはすぐ消えるし、体力も充実している。そして、何よりも思うような動きができる。どことなく今の若さが永遠に続くような錯覚を抱いてしまう。ありがちな話だ。
 でも、失った若さは二度と取り戻すことができない。衰えてきてからそれを実感しても、もはや手遅れである。
 若さを失わないように日々弛まぬ節制をする。その大切さがようやく注目を集めるようになってきている。科学的なトレーニングで心身を鍛え上げ、バランスのよい食事をして、規則正しい生活をする。
 そうやって、ストイックに若さを維持して、少しでも長く現役を続けようとする選手もいる。僕が好きなのはそういう選手だ。


   2 年齢の限界

 年齢の限界。
 どんなことについても言われることではある。天才的なプログラマーは20代のうちに役割を終える、と言われるし、一流のミュージシャンも歳とともに作品は減少していく。
 特にスポーツについてはそういう衰えが顕著である。
 スポーツほど、衰えが一目で分かってしまうものは他にないからだ。
 2002年のソルトレークオリンピックでは、ベテランと呼ばれる人々の出場が注目を集めた。4年前の長野五輪と主力メンバーがほとんど同じだったと言った方がいいかもしれない。
「長野五輪の好成績に浮かれて若手の成長に力を注いでこなかったつけが来ているのだ」
 そういう意見もあったが、この見方はベテランに対してかなり失礼である。
 オリンピックを迎えたとき、ジャンプの原田雅彦は1968年5月生まれの33歳。ノルディック複合の荻原健司は1969年12月生まれの32歳である。まだまだ老け込む歳ではない、というのが彼らの本音だろう。
 それなのにマスコミは、「最後の五輪」などと書きたてて彼らに引退を迫るような煽り方をしている。これは、30歳を過ぎても超一流のレベルを維持し、さらに進化していこうとするアスリートへの侮辱に限りなく近い。

 確かに彼らは、一般的に20代のうちに選手としてのピークに達し、30代半ばには引退する場合が多い。大相撲やサッカーもそうだ。1963年2月生まれで39歳の力士寺尾や1967年2月生まれで35歳の三浦知良は随分前からベテランと呼ばれている。
 ボクシングはもっと早い。多くのボクサーは、20代のうちに選手生命を閉じる。20代半ばにチャンピオンに登り詰めれば、あとは防衛に失敗したら引退というケースが多い。
 フィギアスケートに至っては、10代後半から20代前半にかけてがピークで、20代後半になると引退、もしくはプロ転向というケースがほとんどである。
 人の心肺機能は、20代に入ると低下を始め、30代から40代にかけて著しい低下を見せる。それと比例するように体力が落ちていくのは当然である。
 そして、不幸なことにスポーツ選手にとって最も重要な反射神経や動体視力までが低下していってしまう。
 野球選手で言えば、あの王貞治ですら40歳でバットを置き、長嶋茂雄は38歳で引退している。
 けれども、それが野球選手全体の限界ではない。なぜなら、彼らより年老いても第一線で活躍し続けた選手もいるからだ。
 その代表的な選手が野村克也、落合博満、門田博光である。


   3 燃え尽きるまで現役を続けた大選手

 落合博満は、かなり若いときから「46歳まで現役を続けたい」と言っていた。40歳を超えた頃、インタビューで「こうやって野球をできるのもあと5・6年だから」と答えて世間を驚かせている。自らが必要とされるうちは現役にこだわり、必要とされなくなればやめる。レギュラー選手として46歳まで現役、というのが達成されれば、多くの最年長記録を塗り替えることとなる。おそらく落合の中では目標となっていたのだろう。
 落合は、30代後半になってもトレーナーが「他の選手よりも5歳は若い」とうなる肉体を維持していた。1994年に電撃的に巨人にFA移籍したとき、落合は40歳になっていた。それでも、落合は、重圧のかかる巨人の四番を3年間務め上げる。
 3年目の1996年の成績は、その圧巻として語られるべきだろう。打率.301、21本塁打、86打点。
 43歳になるシーズンに21本塁打というのは最高記録である。落合は、38歳になる1991年に37本塁打を放ち、本塁打王に輝いている。引退は、残念ながら夢の46歳にまで1年足らず、45歳。それでも、落合の残した年長記録はプロ野球界を代表するものであった。

 だが、それ以上の年長成績を残したプレーヤーがいる。
 門田博光は、40歳(1988年)で44本塁打という驚異的な成績で本塁打王を獲得し、41歳のシーズン(1989年)にも33本塁打、42歳のシーズン(1990年)に31本塁打を放っている。門田は、44歳で7本塁打に終わって引退したが、それでも7本塁打は44歳の最高記録である。

 最年長記録は、野村克也が1980年に45歳で放った4本塁打。兼任していた監督を解任されてからも、生涯一捕手として球団を渡り歩き、最後の西武でこの記録を残している。自ら「月見草」と称するパリーグ最高の打者は、王や長嶋よりはるかに年老いるまでプレーを続ける執念を見せてくれた。王と長嶋が余力を残して身を引いた選手なら、野村はやり残すことがなくなり、完全に燃え尽きるまで現役を続けた選手と言えよう。
 桜のように鮮やかに短く咲いて美しく散るか、雑草の花のように地味に咲いて枯れ果てるまで粘り続けるか。大きく分ければ、スポーツ選手は、この2通りに分けることができるだろう。
 最年長出場記録は、1950年に阪急の浜崎真二監督が48歳で監督兼任選手としてしばしば出場しているものが挙げられるが、実質上は野村の45歳が一選手としての最年長記録と見た方がいいだろう。

 投手は、平均して打者よりも選手生命が短い。肩や肘を過剰に酷使するため、40代の投手というのはめったにいない。最近では1997年に大野豊が42歳で最優秀防御率のタイトルを獲得するという奇跡的な出来事があったが、彼も翌年には引退を余儀なくされているのだ。

 こう見ると、年齢によって突きつけられる現実はあまりに厳しい。
 40歳での最高本塁打記録44本が45歳になると4本にまで激減する。これは、筋力の衰えだけではない。筋力はそれほど急激に衰えることはなく、50歳になってもシーズン20本塁打くらい打てる筋力を保つことは可能だと言われる。確かに今、絶頂期にいる若い選手たちを見ていると、彼らは45歳になっても最多勝や首位打者を獲得できるのではないかという夢想をしてしまう。
 ところが、実際はそんな選手は存在しない。筋力以外が極端に衰えてしまうからだ。30代後半から急激に衰えるのは動体視力や反射神経らしい。そのあたりが衰えると、怪我もしやすくなる。
 彼らは、パワーに衰えを感じる前に、動きに、目に衰えを感じ、引退していくのだ。


   4 将来の最年長記録を夢見て

 2001年の大リーグは、ベテラン選手が輝きを見せたシーズンだった。
 バリー・ボンズが37歳で世界新記録となる73本塁打を放ち、38歳のランディ・ジョンソンがシーズン21勝を挙げてサイ・ヤング賞を受賞し、ワールドシリーズMVPまで獲得した。
 39歳のロジャー・クレメンスも、20勝3敗という成績を残し、サイ・ヤング賞に選ばれている。
 高年齢の選手たちがこれほどまで多く活躍するということは昔では考えられないことであるため、マスコミで話題になった。
 アメリカでは科学的なトレーニングが充実し、栄養にまで気を遣うようになってきていることで、息の長い選手が増えている。

 ところが、日本ではまだ30代後半から40代前半になって、レギュラーであり続ける選手は少ない。
 投手では工藤公康が2002年には39歳になる。打者では秋山幸二や広澤克実、伊東勤が40歳になる。2001年の彼らは、年間通してフルに活躍したとは言いがたいが、確実にまだレギュラーとしてプレーできるレベルを維持している。
 僕はそれだけでも、大きな賞賛に値すると考えている。
 100歳を過ぎても生き続ける人々や、エリートとして生き残って高級官僚になっていく人々と同じように、こうしたベテラン選手はその道の達人なのである。
 そして、彼らが今後挑んで行く戦いの相手は、「年齢」という果てしなく強大な壁である。彼らのこれからの奮闘ぶりを見れば、野球に一層深く興味を持てるのではないだろうか。なぜなら、彼らは、若い選手たちにとって手本になると同時に、僕たちの生き方の理想をも描いてくれている。
 僕は、そういうベテラン選手にエールを贈りながら願う。
「ノリが久しぶりの本塁打王だね」
「何歳だったかな。随分昔から四番に座ったままだけど」
「確か今年48歳だよ。まさか、あの歳で40本塁打するとは。驚いたね」
 そんな時代がやってくることを。


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