テレビ中継に変革を  〜時代の変化に対応した試合中継の必要性〜

山犬
 
 1.巨人の好調と視聴率の不調

 2007年の巨人は、前半戦も終わりにさしかかろうという時期にセリーグの首位争いを続けている。
 その要因は、パリーグの強打者小笠原道大、谷佳知の加入、新人投手金刃憲人の活躍、そして上原浩治の抑え定着など数多い。
 しかし、それでも尚、巨人戦の視聴率は、低迷から抜け出せないでいるという。なぜなのか。
 ここ4年間にわたってリーグ優勝を逃し続けているつけなのだろうか。
 私は、以前のコラムで、巨人の人気が低下しているのは弱いからだ、と結論付けた。2005年のリーグ5位、2006年のリーグ4位という結果は、その確証と言えた。
 しかし、現在の状況を見ると、他にも大きな要因があった、いや、弱いことより遥かに大きな要因が潜んでいたと言わざるを得ない。

 2006年のシーズンオフ、地上波放送をしているテレビ局の中には、2007年から巨人戦の中継を大幅に減らしたり、午後9時以降の延長放送をとりやめにするといった対応をとるところもあった。
 テレビ局は、各局ともに2007年の巨人にそれほど期待しているわけではなかったわけである。長年、主力投手として活躍した工藤公康、桑田真澄が抜け、主砲だった小久保裕紀も抜けた。シーズン序盤から確実に中日、阪神が抜け出すだろう、と予想するのが一般的な見方だった。
 なのに、皮肉なことに、2007年の巨人は、7月になっても首位を走り続けている。いくらかテレビ中継が制限されようとも、もう少し巨人戦の視聴率が上がってもよさそうなものである。それなのに、巨人戦は、低迷から抜け出せない。

 とはいえ、巨人人気が低迷してはいても、プロ野球人気は、下がってはいない。一時のサッカーブームが過ぎ去り、子供たちの将来なりたい職業には「プロ野球選手」がまた1位に輝くようになった。各球団の観客動員も、ほとんどの球団で伸びてきているし、交流戦の観客動員も全体的に増加している。イチローや松坂大輔、松井秀喜といった日本人大リーガーは、日本にいたとき以上の人気を誇り、活躍する様子は、毎日、ニュースの中で見ることができる。

 そんな中で取り残されている感がある巨人戦中継の低迷。テレビの野球中継は、今後どうなっていくべきなのだろうか。


 2.テレビ中継とプロ野球の密接な歴史

 テレビ中継が初めて行われたのは、1953年8月29日である。日本テレビが後楽園球場の巨人×阪神戦を中継したのだ。
 この試合が好評を得たことにより、プロ野球のテレビ中継は、軌道に乗っていく。しかし、それだけではプロ野球がここまで発展することはなかったはずだ。プロ野球人気がテレビ中継をきっかけにしてその後も大きく伸びていったのは、プロ野球と社会の動きとがあまりにもぴったりと重なり合ったからではなかったか。

 1959年4月、当時の皇太子御成婚により、美智子様の姿を見るために、とテレビの売れ行きが急速に伸びた。そんなとき、あの天覧試合が行われたのである。
 1959年6月25日、天皇・皇后両陛下が観戦に訪れたのは、当然の如く後楽園球場の巨人×阪神戦である。
 試合は、両チームが点を取り合う白熱した展開となる。5回裏に長嶋茂雄が本塁打を放ち、7回には王貞治が本塁打を放つ。しかし、阪神も、一歩も引かず、4−4の同点のまま9回裏を迎えるのである。
 ここで打席に立った長嶋は、阪神の村山実投手からレフト上段にライナーで突き刺さるサヨナラ本塁打を放つ。
 天皇陛下が初めて観戦に訪れた天覧試合で、最も華やかなスター選手長嶋茂雄が放った劇的なサヨナラ本塁打は、まさに奇跡と呼ぶにふさわしい幕切れだった。プロ野球の醍醐味を十二分にお茶の間に知らしめたこの試合により、野球は、絶大な人気を誇ることになる。

 そして、1961年、それまで白黒だったテレビがカラー放送開始とともにまたしても発展することになる。
 1964年の東京オリンピックを迎えたときには、9割程度の家庭に白黒、あるいはカラーのテレビが普及していた。日本の首都で開催となるオリンピックをテレビで見ようと、国民が続々と購入したのである。そして、その翌年から巨人は、不滅のV9を達成することになる。

 こうして見てみると、プロ野球は、テレビとともに発展してきたと言っても過言ではない。つまり、王・長嶋が活躍した頃の巨人は、テレビの普及という強運に恵まれていたのだ。
 私が物心ついた1980年頃には、白黒テレビは、ほぼ姿を消しつつあり、1家に2台、3台とテレビを持つ家庭も少なくなかった。そして、スポーツ中継と言えば、テレビもラジオもまずプロ野球だった。小学生の頃は、プラスチックボールやテニスの軟式ボールを使い、箒をバット代わりに野球をしていてよく教師から怒られたものである。友人に好きなスポーツ選手を聞けば、江川卓や桑田真澄、原辰徳や中畑清、クロマティ、掛布雅之、バースなどが多く、巨人の選手が圧倒的で、次がかなり離れて阪神といった印象だった。

 プロ野球ファンの半数が巨人とさえ言われた時代は、おそらく1990年代終盤までは続いていたはずである。1994年の10.8や1996年のメイクドラマは、日本全国が大きな盛り上がりを見えた。その頃までは、巨人戦の中継さえしておけば、他でどんな番組をするよりも遥かに視聴率が稼げたのだ。
 しかし、その状況が現在、変わりつつあることに私は、戸惑いを覚えている。


 3.応援する対象の変化に合わせた放映を

 2007年5月に中央調査社が行った調査によると、プロ野球人気も、巨人人気も、未だダントツである。
 複数回答による「好きなスポーツ」アンケートでは、プロ野球が51.1%を獲得し、2位サッカーの22.8%を大きく上回って1位である。
 さらに好きプロ野球チーム(1球団回答)では巨人が27.4%を獲得し、2位阪神の13.5%を大きく上回って1位である。
 しかし、気になるのは「どれでもない」という答えが31.4%と巨人人気を上回っていることである。これは、野球に全く無関心であるか、大リーグが好きで日本プロ野球に好きな球団がない、といった人々と思われる。

 そして、もっと気になるのは、東海地方では中日が圧倒的な人気を誇り、近畿・阪神地方でも阪神、中国地方では広島、九州地方ではソフトバンクが巨人をしのぐ圧倒的な人気を誇っていることである。
 つまり、地域によって巨人人気にはかなりの格差があるのだ。

 では、観客動員の方はどうなのか。下は、セリーグ主催試合の1試合平均観客動員数の表である。

 
主催試合1試合平均観客
2005年 2006年
中日 31,293人 32,859人
阪神 42,907人 43,218人
ヤクルト 17,914人 18,019人
巨人 40,029人 39,626人
広島 14,385人 13,829人
横浜 13,370人 15,158人
 (『ベースボール・レコードブック』 ベースボール・マガジン社 2006〜2007年)

 セリーグ各球団主催試合の1試合平均観客動員数を2005年と2006年で比較してみると、増えた球団4、減った球団2と傾向としては増加している。確かに巨人は、観客が減っているとはいえ、1試合あたりわずか400人程度の減なのである。
 
 しかし、私が驚いたのは、この観客動員における巨人以外の5球団主催試合における巨人戦観客動員数である。私の中では、巨人戦はチケットが手に入りにくい、という昔のイメージがある。そのため、いくらビジターとはいえ巨人戦の1試合平均観客動員数は群を抜いているだろうと思っていたのだ。
 だが、現状は、そうではない。2006年の阪神主催試合は、1試合平均観客動員数が最も多いのがソフトバンクであり、次が西武、そして、ヤクルト、巨人と続く。ヤクルト主催試合は、最も多いのが阪神であり、続いてロッテ、巨人と続く。広島主催試合は、日本ハム、ロッテの次に巨人であり、横浜主催試合も日本ハムの次に巨人であり、巨人戦の観客動員が最も多いのはセリーグでは中日主催試合だけなのである。
 パリーグ主催試合では、さすがに巨人は根強い人気を誇っていて平均観客動員数は、6球団中3球団で巨人戦が最も多い。それでも、巨人が群を抜いて多いということはない。

 こうして見てみると、かつて巨人戦の視聴率は、他球団から羨望を集めていたが、状況は大きく変わりつつある。現在では、各地域で地元球団の試合を流しておけば、巨人戦と同等、あるいはそれ以上の視聴率を集めることが可能になってきたのである。

 さらに、人気を選手に絞ってみると、また驚くべき結果が明らかになる。中央調査社が2007年5月に行った「好きなスポーツ選手」の結果は次のようになっている。

順位 選手名(種目) 割合
1位 イチロー(野球:マリナーズ) 17.2%
2位 松井秀喜(野球:ヤンキース) 9.7%
3位 長嶋茂雄(野球:巨人終身名誉監督) 5.7%
4位 松坂大輔(野球:レッドソックス) 4.6%
5位 王貞治(野球:ソフトバンク監督) 4.5%
6位 中村俊輔(サッカー) 3.2%
7位 浅田真央(フィギュアスケート) 2.5%
8位 金本知憲(野球:阪神) 2.2%
〃位 宮里藍(ゴルフ) 2.2%
10位 福原愛(卓球) 1.6%
 
(中央調査社 調べ 2007年5月)


 10位までにプロ野球選手が6人も入っており、ベスト5までを野球選手が独占しているのだが、巨人の現役選手が1人も入っていないのである。さらに、既に元選手である長嶋茂雄、王貞治のONが現在でも現役選手を凌駕するほど高い人気を誇っているのだ。
 それは、端的に言えば、現在の巨人に、観客の目を一身に引きつけて離さないだけの魅力を持ったスター選手がいない、ということでもある。
 そして、観客の目を一身に引きつけて離さない魅力を持ったスポーツ選手は、各球団に分散し、その大半が大リーグにいる。巨人にとっては、そんな厳しい現状がある。

 1990年代後半から日本人選手の大リーグ流出が進み、オリンピックやWBC、セ・パ交流戦と様々な情報が入ってくるようになった。その影響で、かつては巨人一色、ON一色に近かった国民が各球団、そして各選手を分散して応援するようになった。
 それは、国民のアンケートで一番好きなスポーツ選手の1位がマリナーズのイチロー、2位がヤンキースの松井秀喜となっていることが実証している。イチローが大リーグに移籍したのが2001年、松井が大リーグに移籍したのが2003年である。この頃から、巨人の人気低下は、著しくなっていく。

 プロ野球ファンは、都会の人々を中心に地方の人々も巻き込んで、イチローや松井秀喜、松坂大輔や斎藤隆、田口壮、大塚晶文といった大リーグで活躍する個人を応援するようになった。彼らは、おそらくマリナーズやヤンキース、レッドソックスといった大リーグの球団には愛着がない。しかし、世界を舞台に世界中から集まる大男の中で奮闘して、しかも、その頂点付近で活躍する日本人を応援することに興奮とストレスの発散を得ているのだ。
 さらに、地方に住む人々は、北海道から九州まで分散する地方フランチャイズ隆盛という潮流に乗って益々、地元の球団を応援するようになった。北海道なら日本ハム、東北なら楽天、九州ならソフトバンクという地域密着型人気が根付きつつあるのだ。これによって、地方に新たな巨人ファンが生まれにくい状況になっていることは確かである。

 そうなると、テレビ中継も自ずと変わらざるをえなくなる。大リーグの試合や地元にフランチャイズを置くチームの試合を放映する方が巨人戦よりも高視聴率がとれたりすることもある。つまり、全国一律で巨人戦を放映することに無理が生じているのである。
 ゆえに衛星放送では、12球団全試合を見られるサービスや日本人大リーガー個人の出場試合を見られるサービス、あるいは特定球団の全試合だけを見られるサービスなど、多種多様な試みが行われている。
 地上波放送でも、大リーグ情報や他球場のVTRも放映してはいるものの、まだ国民の期待に応えているとは言い難い。かといって、野球以外の番組を新たに作って同等の視聴率をとれるかといえば、それも困難を極める。
 そうなると、今後は、全国放送という形をとらず、地域によって関東では巨人戦だが、北海道では日本ハム戦、東海地方では中日戦、近畿地方では阪神戦、九州地方ではソフトバンク戦といった地域分割放映が主流になるはずである。また、1チャンネルの中で見たい試合を選択できるサービスも必要になってくるかもしれない。
 巨人戦視聴率の低迷により、巨人の成績低迷や、巨人のスター選手不在を嘆く声が多いが、時代の変化に対応していかなければならないのは、むしろ放映する側、つまりテレビ局の方にある。




(2007年7月作成)

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