日本の慣習も世界展開を 
〜盗塁についての野球規則改正に対する不満〜


犬山 翔太
 
 1.ヤクルト×横浜戦で乱闘を呼んだ盗塁

 大差がついた展開で、勝っている側が簡単に盗塁を決める場面をときおり見かけることがある。大味な展開になれば、守備側の集中力が散漫になり、緊迫した展開よりも盗塁は容易である。ゆえに、こういった場面での盗塁は、さらに点差を広げようとする上で有効な手段となる。
 しかし、大リーグでは暗黙の了解として、大差がついた試合では盗塁をしないことになっている。しかも、そのような場面での盗塁は、盗塁として記録されることもない。そのため、日本のプロ野球においても、大差がついた展開では盗塁はすべきでないという考え方をする指導者や選手も多い。

 そんな認識の違いが悲劇的な結末を招いた試合が2007年4月19日にあった。この日、神宮球場で行われたヤクルト×横浜戦は、横浜が序盤に9点を奪って一方的にリードを広げる大味な展開となる。7回に11点目を奪って11-0とした横浜は、尚も攻撃の手を緩めず、石井琢朗がライト前ヒットを放ち、代走に石川雄洋を送る。そして、石川がすかさず二盗を決めたのである。
 このとき、ヤクルトは、投手も一塁手も捕手も盗塁に対しては無警戒だった。それは、大リーグと同じように大差がついた試合では盗塁をしてこない、という前提が頭にあったためである。

 しかし、横浜は、そんなヤクルトの思惑をあざ笑うかのように、盗塁を敢行した。
 当然、ヤクルト側は、怒り、その後、報復ともとられかねない連続死球を与えたことによって乱闘に発展するのである。

 とはいえ、横浜側にももっともな言い分があった。大リーグでは大差なら盗塁しないという暗黙のルールがあるとはいえ、日本のプロ野球にはそんなルールは定着していない。大差がついた後の盗塁も、ときおり見られ、盗塁は、記録として認められる。アマチュア野球に至っては、歴然とした実力差によって大差がついても、勝っているチームが走りたい放題に走る場面に出くわすこともある。
 明文化された規則としては何ら制約を受けているわけではないのだから、盗塁は、さらに点差を広げて勝ちを確実にする手段と言えなくもない。
 さらに横浜の代走となった石川は、プロ2年目の若手選手で、前年は2試合しか一軍出場がない。横浜にとっては、ここで盗塁を決めることによって、一軍でやっていく自信をつけさせるという意味もこもっていた。

 こうして見ると、ヤクルト側と横浜側に両極とも言える認識の相違があった。そのせいで、1つの盗塁が乱闘にまで発展してしまったのである。


 2.盗塁についての野球規則改正

 2008年1月10日、プロ・アマ合同の日本野球規則委員会で盗塁における規則の改正が決定した。大差がついた展開で試みた盗塁で、守備側が無関心であれば、盗塁を記録として認めない旨が発表されたのである。
 つまり、2007年4月19日のヤクルト×横浜戦で石川が試みた盗塁は、2008年以降は、盗塁に加算しない。遠藤政隆投手は、完全に無警戒だったし、古田敦也捕手も二塁へ投げるそぶりさえ見せなかった。

 石川の盗塁から始まった乱闘が規則改正のきっかけになった、とも言われているが、元々、野球規則では石川が試みた盗塁を記録として認めてはいない。

 一〇・〇八
(g) 走者が盗塁を企てた場合、これに対して守備側チームがなんらの守備行為を示さず、無関心であるときは、その走者には盗塁を記録しないで、野手選択による進塁と記録する。
                   公認野球規則 二〇〇七

 この文章を見ると、明らかに石川の試みた行為は、野手選択、つまり野選と記録すべきものである。
 しかし、日本では、昔からこうした場合にも盗塁として記録してきた慣習がある。
 そのため、ここで盗塁に対する認識を一致させておく必要が生じざるを得なかったのだ。

 1月28日には正式に2008年度野球規則改正の公式発表があり、上記の野球規則に下記の原注が加わることになった。


 【原注】守備側が無関心だったかどうかを判断するにあたって、次のような状況を全体的に考慮しなければならない――イニング、スコア、守備側チームが走者を塁に留めようとしていたかどうか、投手が走者に対しピックオフプレイを試みたかどうか、盗塁の企てに対して通常は塁に入るべき野手が塁に入る動きをしたかどうか、守備側チームが走者の進塁にこだわらない正当な戦術的動機があったかどうか、守備側チームが走者に盗塁が記録されるのを強く阻もうとしたかどうか。
(中略)
また、たとえば、盗塁を記録されることによって、守備側チームのプレーヤーのリーグ盗塁記録、通算盗塁記録、リーグ盗塁王タイトルが危うくなる場合には、守備側チームは盗塁が記録されるのを強く阻もうとしていると判断してよい。

「日本野球連盟サイト JABA広報事項 二〇〇八年度 野球規則改正」から

 新たな原注が加わることによって、今後、プロ野球では、これまで盗塁と記録してきたものを審判員の判断により野選となることもある。とはいえ、大差がついた場面で二塁へ走ることは禁止ではなく、二塁へ到達すれば、盗塁をしたのと全く同じ意味を持つ。
 この規則改正は、野球の国際化に向けて、アメリカや韓国、台湾などに規則を統一する目的があるようだが、実際に走塁自体を禁止しているわけではないので、乱闘事件が再び起きる可能性は残ったままである。

 また、イニングやスコア、守備側の動きの規定は、あくまでも審判員の判断に委ねられており、明確なイニング、スコアといった規定がない。このあたりも、今後、盗塁王争いで盗塁数を顧みた場合に事態が紛糾する可能性を秘めていると言っていい。


 3.世界は盗塁を軽視しすぎではないか

 
 今回の野球規則改正によって、明らかになってきたのは、盗塁に対する規則があまりにも整備途上であるということである。
 国際的な流れに合わせるという意味では、今回の改正は意味があったかもしれないが、冷静に考えてみると、打者や投手と比較してかなり不公平な感が拭えない。

 打者を例にとってみると、安打は、たとえ大差がついて勝っている時でも、放てば1安打と数えられる。同じように本塁打や打点も、イニングやスコアに関係なく1本塁打、1打点なのである。盗塁と同じ原理を適用すれば、10−0で勝っているときに満塁本塁打を放っても、ほとんど無意味だから半分の2打点しか記録とならない、といった制度があってもよさそうなものであるが、それはない。

 投手も同様で、大差がついている場面でも、無失点に抑えれば、その分だけ防御率は上がる。1−0という場面で投げていても、10−0という場面で投げていても、記録は同じなのである。セーブについては、今回改正となった盗塁に近い考え方で私は不満があるのだが、それでも、セーブがつかない場面で投げても投球回数、奪三振数、失点、被安打、四死球はカウントされる。

 それに比べ、盗塁の場合は、今後、イニングやスコア、守備側の行為によってはたとえ二盗、三盗、本盗を決めても1個たりとも盗塁と認められず、記録としては野選が残るのみとなってしまうことになる。
 
 確かに大差がついた試合で、盗塁をしてさらにチャンスを広げ、1点を奪ったところで、たいていの場合は無意味な得点である。試合も、ただ冗長になるだけかもしれない。
 しかし、仮に負けているチームが猛攻を始めて1点差、2点差まで詰め寄ったなら、それは無意味な得点ではなくなるのである。守っていた側も、無関心に盗塁を許して、それが試合後に悔やむべき過失となってしまうこともありえないことではない。もし、そんな試合の展開になれば、守備側は、逆に敗退行為を疑われることになりかねない。

 私が最も疑問に感じるのは、規則でわざわざ盗塁を記録として認めない場合というのが必要なのかということである。
 おそらく観客が望んでいるのは、どんな場面でも、走者も守備側も全力で盗塁を狙い、全力で盗塁を阻止しようとするプロフェッショナルなプレーである。
 投手も、大差で負けていたら走者を気にせず、打者打ち取ることだけに集中すればいい、と周囲は口をそろえるものの、投手自身は、失点をすれば防御率が跳ね上がるのだから、本来、ランナーを進めたくないはずだ。

 このような観点から盗塁を考えてみると、いくら国際的な流れとはいえ、あまりにも盗塁の存在を軽視しすぎているように思える。アメリカも、日本も、おそらくはどの国も、その年の本塁打王や首位打者が誰かを言えない者はほとんどいないだろうが、盗塁王が誰かを即座に答えられる者は多くないだろう。メディアが取り上げる情報量にも天と地ほどの差がある。
 日本は、これまで長きにわたってどんな場面でも、安打と同じように盗塁を認めてきた。日本は、海外の主流に常に合わせるのではなく、日本の歴史が育んできた記録をもっと重視すべきである。今回の盗塁の規則については、盗塁軽視の現状を世界に訴えた方が過去の盗塁の名手たちへの心遣いとなったはずだ。大リーグがすべて正しいと解釈することなく、日本から世界へ新たな働きかけをすることも、野球の発展のためには必要不可欠である。






(2008年2月作成)

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