インターネット投票の光と陰  〜川崎憲次郎大量得票事件から1年〜

山犬
 
   1.便利さという光の陰で

 便利さは、僕たちが気づかぬうちに生活の中に入り込んでいる。ふと立ち止まって振り返ってみると、20年前とは大きく変わった世界が目の前にある。
 20年前には午後9時を過ぎて開いている店など数えるほどしかなかった。それが今では24時間営業のコンビにが至るところにあり、レストランやショッピングセンターだって24時間営業のところが少なくない。真夜中に必要となった物でも、すぐ手に入るのだ。食べ物だって薬だって、電化製品でさえも……。
 でも、便利になったのと引き換えに、負担はどこかに回ってくる。セルフでない24時間営業の店なら夜を徹して働く店員がいなければならない。光熱費も大幅に増える。犯罪被害に遭う危険も高くなる。
 ところが、便利という名のもとでは、多くのしわ寄せが陰に隠れていく。

 インターネットも例外じゃない。1990年代半ばから急速に普及し始めたインターネットは、若者を中心にブームとなった。
「テレビがあるのだからインターネットはいらない」
 そんなことを言う人もいたが、インターネットはテレビが抱える欠点の多くを備えていた。
 テレビと違って、見たいものが見たいときに見たいだけ見られる。限りなく一方通行に近いテレビに対してインターネットは、双方向のやりとりを即座にすることが可能である。情報によっては、テレビより早く入手できる。莫大な情報量を詰め込むこともできる。
 僕がインターネットに初めて触れたとき、まるでテレビとビデオと電話を一体にしたかのようだ、と無限の可能性を感じたものだ。
 インターネットの普及に伴うように、1990年代半ばからプロ野球は、オールスターゲームのインタネットファン投票を開始している。
 もちろん、それまで行っていた葉書での投票も継続することになった。
 インターネット投票は、葉書よりも手軽で便利なため、すぐに定着し、最近では葉書よりもむしろインターネット投票が主流とさえ言えるまでになった。

 しかし、である。2003年、ついにインターネット投票は、手軽で便利という光に隠れていた陰の部分が姿を現す。
 3年間1軍登板がない川崎憲次郎投手に、大量の投票があり、ファン投票1位となってしまったのだ。インターネットの掲示板から始まったと思われる投票呼びかけは、テレビ・新聞報道等から加速し、インターネット不正大量投票が明るみになった。1位確実になった川崎が出場辞退を表明。前代未聞の汚点を残してしまったのである。


   2.厳重になったインターネット投票

 2003年の失敗が元でインターネット投票は姿を消すのではないか。
 そう心配する声もあったが、2004年、運営委員会は、不正投票防止策を張り巡らして、厳重な投票システムを作り出してきた。

 僕は、インターネット投票開始の5月15日を待って、早速インターネット投票をやってみた。昨年の衝撃がまだ記憶に新しいだけに、2年連続で不正大量投票が起こるようなことがあれば、1年間何をやっていたんだ、ということになる。
 ホームページにアクセスして、説明を読んでから一通り投票をやってみると、確かに対策の成果は、目に見えて分かる。だが、その反面、ひどく面倒になった。
 それが僕の感想である。

 まずは、投票規約を承認し、自分のメールアドレスを登録しなければならない。
 登録すると、すぐにインターネットファン投票事務局から登録案内メールが送られてくる。これは「すぐに」である。おそらくメールアドレスの登録と同時に自動的に送られるようになっているのだろう。
 その登録案内メールに書いてあるURLにアクセスして、住所・氏名・電話番号などの個人情報を入力して登録すると、数十分から数時間後に事務局から登録完了メールが届く。これは「すぐに」ではない。待たなければならないのだ。
 僕は、この時間がとてつもなく長く感じた。ファンの心理を冷めさせてしまうのではないか。そう感じざるをえない時間だ。
 誰しも、投票するとなれば、すぐに投票したいはずだ。それなのに、いつ届くか分からない事務局からの登録完了メールを今か今かと待ち続けねければならない。
 僕のところに登録完了メールが届いたのは個人情報を登録してから約40分後のことだった。場合によっては数時間かかることもあるそうだから早い方なのだろう。
 そして、届いた登録完了メールに書いてあるURLにアクセスして、ようやく投票ができるのである。

 それだけじゃない。様々な限定がついた。投票対象選手が規定されたのだ。
「6月20日のファン投票終了時において、投手は5試合以上登板、または投球回10イニング以上、野手は10試合以上出場、または20打席以上」(『2004サンヨーオールスターゲーム 開催要項』)
 中間発表時、この投票対象基準に達していない場合、どう発表するのかは疑問だけど、これは明らかに去年の組織票騒動を未然に防ぐための方策である。
 フリーメールのアドレスも禁止となっている。取ろうと思えば、一人でいくつでも取れてしまうフリーメールアドレスは、やはり禁止しておかないと組織票につながりかねないのだろう。
 投票するためには、URLにアクセスしてからメールアドレスと自らが設定したパスワードを入力しなければならないようになっている。これは、いろんなサイトでよく見かけるセキュリティだ。
 さらにこんな規約もある。
「不自然な投票についてはオールスターゲーム運営委員会が調査を行い、不正な投票と確認できた場合は、該当する投票を無効とします」(『2004サンヨーオールスターゲーム インターネットファン投票利用規約』)
 去年の過ちは二度と繰り返さない。そんな運営委員会の強い意志がそこににじみ出ている。
 運営委員会としては、考えられる限りの対策を立てた。
 だが、それがとても窮屈に映ってしまうのは、僕だけじゃないだろう。一般の善良な市民にとっては、「ただ面倒になった」だけなのだ。 


   3.懸念

 心配なのは、ここまで複雑な投票システムにしてしまうことで、投票数が大幅に減らないかということである。
 インターネット投票の利点は、即時性であり、簡易さであり、いつでもどこでもという拘束のなさであったはずだ。
 なのに、最初に投票しようと行動し始めてから、最低でも数十分から数時間かけないと投票できなくなってしまった。2回目からは、すぐに投票できるようになっているとはいえ、最初の手続きの面倒さでやめてしまう人が続出するのではないだろうか。

 もし、これだけ複雑にしても尚、不正大量投票を行う者が現れたらどうなるのだろうか。何の隙もない完璧な投票システムを作り出せる可能性はゼロに近いだけに、不正大量投票が二度と起こらないという保証はどこにもない。
 新たな不正が起こる度に、もっと複雑な投票システムにしていくのだろうか。5回も6回も事務局とやりとりをしなければ、投票に移れないというシステムになってしまうのだろうか。
 そうなってしまえば、いつの日か、昔からやっている葉書での投票の方が効率がよくて、便利だった、という悲劇が起こらないとも限らない。
 そんな悲劇を防ぐために、一つのサイトのみで対策を講じるには限界がある。国全体で法律やセキュリティの整備を整えていってもらわなければ、昔の方がずっとよかった、という退化を招いてしまうにちがいない。
 手軽に即投票。インターネット投票の原点であり、長所でもある。それを忘れずにいたい。
 なぜなら、大多数のファンは、ただひいきの選手に一票を投じたいだけなのだから。




(2004年6月作成)

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