タイブレーク方式の勧め 
〜引き分けは、勝負の世界に不要ではないか〜


犬山 翔太
 
 1.引き分けが勝利だったクライマックスシリーズ

 2008年、セリーグのクライマックスシリーズは、巨人の3勝1敗1引き分けで幕を閉じた。とはいえ、3勝のうちの1勝は、リーグ優勝で与えられる1勝であり、実質は2勝1敗1引き分けである。
 先に4勝した方が勝ち抜けというルールは、誰もが知っていた。だが、引き分けは、再試合扱いになると思っていた者は多いのではないだろうか。
 実は、私も、引き分けが何回あっても、どちらかが先に4勝するまで続けると思っていたからである。

 そう思っていた理由は、私の記憶に1986年の日本シリーズがこびりついているからかもしれない。
 その年の日本シリーズは、西武×広島となり、第1戦で2−0とリードした西武が9回裏に広島の小早川毅彦と山本浩二のソロ本塁打2本で2−2に追いつき、そのまま延長14回引き分けに終わる。試合開始から4時間半が経過したら次の回へ進まないという規定が適用されたのである。
 日本シリーズの行方は、その後、広島が3連勝して3勝1引き分けとして王手をかける。だが、広島は、第5戦から第8戦までまさかの4連敗を喫して、西武が奇跡の逆転優勝を果たすのだ。
 通常であれば7試合で終わるところが8試合までもつれて史上初の第8戦が行われ、西武が4勝目を挙げたことによって日本一が決まったわけである。

 私は、その印象があまりにも強く、クライマックスシリーズでは引き分けが巨人の事実上の勝利であることを知って愕然とした。
 この制度は、ボクシングに似ている。ボクシングの世界タイトル防衛戦では、引き分けであれば、勝利はチャンピオンのものとなる。挑戦者は、チャンピオンに勝たない限り、チャンピオンになることはできず、チャンピオンは、負けなければチャンピオンなのである。

 クライマックスシリーズ第二ステージでも、巨人は、5試合引き分ければ、1勝もせずに日本シリーズ進出を決めることができた。逆に中日は1敗もせずに日本シリーズ進出は果たせない事態が起こりえたわけである。
 確かに巨人は、ペナントレースでリーグ優勝を果たしたセリーグチャンピオンである。だが、勝負の世界において、引き分けという制度は、釈然としないものがある。プロ野球において、引き分けという制度が果たして必要なのか。クライマックスシリーズを見ながら私の疑問は大きくなっていた。


 2.引き分けが巻き起こす弊害

 プロ野球の公式戦では、2008年現在、延長12回で引き分けとなることが決まっている。
 かつては、セパで延長の規定が異なっていたり、試合開始から3時間で次の回に進まない規定があったり、延長が15回までだったりした時代もあったが、2001年からはセパ統一で延長12回再試合なしとなっている。

 引き分けが優勝を大きく左右したことで有名なのはセリーグでは1982年である。この年は、試合開始から3時間を過ぎた場合、次の回まで進まないという規定だったため、引き分け試合が多く発生した。
 特に中日は1シーズンで19引き分けを記録して、シーズン64勝ながら66勝の巨人と65勝の阪神を勝率で上回ってリーグ優勝を果たしたのである。
 優勝した中日は、64勝47敗19分、勝率.577、2位の巨人は66勝50敗14分、勝率.569である。

 また、パリーグでは1988年に近鉄が10月19日のロッテ最終戦で勝利すればリーグ優勝という状況で延長10回4−4の引き分けに終わったため、優勝を逃している。未だに語り継がれる「伝説の10.19」である。このときは、ロッテの有藤道世監督が9回裏攻撃時のアウト判定に9分間抗議し、それが延長10回時間切れ引き分けの遠因となったため、物議を醸した。この年は、試合開始から4時間を超えると次の回に進まない規定で、近鉄は、10回裏で試合を打ち切られ、勝敗をつけるところまで試合ができず、不完全燃焼のまま、優勝を逃したのである。
 優勝した西武が73勝51敗6分、勝率.589、2位の近鉄が74勝52敗4分、勝率.587と勝利数は近鉄が上回っていた。

 2001年以降は延長12回再試合なしに統一されたのは、試合数の増加により、再試合の日程調整が困難になったという側面もあるが、サスペンデッドで続きの試合が行われず、再試合も行われない、という白黒はっきりしない引き分け記録だけが残る。
 実際、私も、これまでに2度球場で引き分けになる試合を観戦したが、試合終了後、喜んでいいのか悲しんでいいのか分からなくなる釈然としない気持ちに支配された。
 セリーグでは、2001年から勝利数第1位と勝率第1位が異なる球団の場合、プレーオフを行う規定になっているが、それも引き分けという制度が作り出したからくりである。

 延長12回再試合なしという規定は、そのままクライマックスシリーズでも適用されている。だが、公式戦とは異なり、1つの引き分けが直接勝敗と同じ意味を持つことになった。
 2008年セリーグのクライマックスシリーズ第2ステージでは、最大6試合と決まっているがゆえに先に4勝勝ち抜けといいながら、シーズン1位チームが2勝とアドバンテージの1勝と1引き分けで勝ち抜けたわけである。
 極端な例をとれば、1位チームが実質0勝1敗5分であっても日本シリーズに進出できる。その制度にはやはり釈然としないものが残るのだ。

 それでも、日本シリーズだけは引き分け再試合が認められている。しかも、1986年の日本シリーズで4時間半の時間切れがあったため、翌年からは第7戦までは延長18回、第8戦以降は回数無制限という方式をとるようになった。それ以降、引き分け試合は出現してないので、日本シリーズが最も引き分けが出にくいという状況にある。

 このように、日本のプロ野球は、引き分けが存在することによって、公式戦、クライマックスシリーズ、日本シリーズのいずれもが大きな影響を受け、ときに引き分けが試合の面白さに水を差してしまうという事態が起きる。
 また、引き分けによって、勝率や勝敗数が揃わなくなり、特に公式戦やクライマックスシリーズの方式を複雑にさせている。
 引き分けは、このような弊害を巻き起こすだけに、考えれば考えるほど不要に感じられてくる。


 3.引き分け廃止とタイブレーク方式導入を

 日本で引き分けが様々な物議を醸す一方、アメリカ大リーグには引き分けが存在しない。
 かつては、降雨コールド等による引き分け再試合は存在していたが、2007年から降雨コールドであっても、サスペンデッドゲームとして続きを再開することになり、引き分けそのものが存在しなくなったのである。
 たとえ延長50回、100回と続いたとしても延々と1つの試合を続けるわけだが、実際、決着が延長20回を超えて続くことはめったにないため、大きな問題は起きていない。
 そのため、公式戦やプレーオフ、ワールドシリーズの方式も単純明快なのである。

 大リーグよりもさらに試合を明快にするための方式をとったのが北京五輪である。
 北京五輪では国際野球連盟がタイブレーク方式を導入し、試合時間の短縮化を試みた。この方式は、延長11回から無死1、2塁の設定で開始するのである。しかも、延長11回に限ってはどの打順から始めても良いことになった。
 1、2番をランナーとして出塁させておいて3番打者から攻撃を開始するという極めて得点の入りやすい状況を作れるのである。
 日本は、北京五輪予選のアメリカ戦でこのタイブレーク方式を経験し、延長11回表に4点を失って、11回裏の攻撃で2点を奪い返したものの2−4で敗れている。それが意外に面白かったので、私は、目から鱗が落ちた気分になった。

 同様に北京五輪のソフトボールでも、延長8回からタイブレーク方式を導入した。7回の最終打者が無死2塁のランナーとなった状況で攻撃を始めるのである。
 日本も、オーストラリア戦で延長8回から延長12回までタイブレークで戦った末、4−3でサヨナラ勝ちを収めている。

 こうしたタイブレーク方式は、世界中にテレビ中継される五輪ということもあって、テレビの放映時間枠内に収めたいという運営側の意向が強く反映されたものであり、競技のショー化を進め過ぎているという批判も多い。
 確かにどの国でもまだ主流となっていないタイブレーク方式の採用は、抗議した日本をはじめとして、各国の選手起用や戦略に少なからず影響を与えることになった。
 とはいえ、競技の普及は、より多くの人々に見てもらうことによって進む。勝負の行方が放映時間枠に収まることも必要なのである。五輪は、野球本来の規則を無視してまで、独自の規則を作り上げ、延長戦は短時間で決着がつく状態を作り上げたのである。

 そうすることによって、五輪では、極端に長い試合が出現する可能性が大幅に減少し、観客は、勝敗の決着がつくゲームセットの瞬間を確実に見られるようになった。
 しかし、引き分け試合には、勝敗の決着がつくゲームセットの瞬間がない。つまり、引き分け試合には「勝利による歓喜」「敗北による悲嘆」という野球において最も重要な部分が抜け落ちているのである。

 野球が今後、進化を遂げて世界に広めていくためには、観客の視点を重視した規則の整備が必要である。そのためには、引き分け試合を廃止し、タイブレーク方式を導入していく流れになる。
 現在、日本でタイブレーク方式は、社会人野球が公式戦で2003年から導入している。延長13回以降で、試合開始から4時間を超えた場合、一死満塁から開始されるのである。

 このように同じ野球でありながら、社会人野球とプロ野球で大きくルールが異なっている状況は、あまり好ましくない。いずれは、プロ、アマチュアを問わず、野球は、タイブレーク方式で統一してもらいたい。
 延長何回から、どのような場面から開始するのが最善なのかは今後検討が必要だが、少なくとも延長12回引き分け制よりは観客が熱狂できる。ちなみに私としては、延長11回から無死2塁で開始する方式がいいのではないかと考えている。延長11回は、起用する投手や試合時間の長さから考えても、そろそろ決着を、と考える頃で、無死2塁だと両チームが1点ずつを取り合って、さらに次の回へ、という可能性も低くなく、興奮する観戦ができそうだからである。

 プロ野球観戦で引き分け試合を体験した私から見ると、引き分けで再試合すらない試合を見て、釈然としないまま帰路に着くよりは、最後に熱狂的な興奮を味わって帰路に着きたい。勝利に値する引き分けや敗北に値する引き分けなどは、もってのほかである。





(2008年11月作成)

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