異常なチケット争奪戦
 〜日本シリーズのチケット購入システムの弊害〜


山犬
 
 1.日本シリーズを生で

 日本シリーズを生で見たい。
 そう思ったのは、実を言うと初めてのことだった。
 おそらく2006年は、野球界にとって、激動の2004年と並んで後世にまで語り継がれる年になるに違いない。サッカーは、W杯予選リーグで日本代表が1勝もできず、惨敗したことで、盛り上がることはなかったが、野球は、年間を通じて盛り上がった。
 3月には日本代表チームが第1回WBCで世界一に輝き、その後、幕を開けたプロ野球のペナントレースも白熱した。夏の甲子園では早稲田実業×駒大苫小牧の延長15回引分再試合で社会現象に発展したし、日本シリーズはどちらが日本一になってもほぼ半世紀ぶりという対戦となった。

 落合博満を現役時代から注目し続けてきた私は、これまで4度日本シリーズを見に行こうと試みる機会があったはずなのだが、実際はチケットを購入しに行くという行為すらしなかった。
 その最大の理由に、日本シリーズの持つ特殊な対戦形式がある。7戦のうち4戦を勝った方が日本一というものだ。最短4試合で終わる短期決戦であるがゆえに、かつては1人の投手が4連投4連勝という神業も可能であったし、現在でも滅多に打たれない好投手がいれば、2勝は計算できてしまう。
 ペナントレースが本番であるとすれば、日本シリーズはおまけみたいな感覚があった。私は、これまで落合がリーグ優勝を成し遂げたことで満足してしまっていたのだ。
 リーグ優勝を達成した後の短期決戦では、負けても、たいした痛手ではない。その感覚は多くのプロ野球ファンが持っているはずだ。実際、日本シリーズがペナントレース以上に白熱した盛り上がりを見せることは少ない。いわゆる「最後の祭り」という雰囲気すら否めないのだ。

 だが、たとえそうであっても、私は、2006年の日本シリーズは、生で見ておきたいと思った。それほど、この年の中日と日本ハムの勝ち方は、賞賛に値するものであったからだ。セリーグは、4月に巨人がスタートダッシュに成功して飛び出すも、その後、失速して前半戦の終了時点では中日が首位に立っていた。その後、中日が2位阪神に大差をつけてマジックを点灯させるも、阪神が神がかった猛追撃を繰り広げ、あわやというところまで行った。中日が何度も訪れた危機を必死に勝ち抜き、何とかペナントを手にしたのだった。
 一方の日本ハムも、一時は3位がやっとかと思われた状況からソフトバンク、西武を終盤に抜いてリーグ1位を勝ち取り、プレーオフも制してペナントを手にしたのである。前年5位からの大躍進であり、北海道から史上初の日本シリーズ進出でもある。新庄がシーズン当初に引退宣言をして年間を通じてさまざまな史上初のパフォーマンスで盛り上げた。
 そして、中日が日本一になれば52年ぶり、日本ハムが日本一になれば44年ぶりという一種の事件であるだけに、記録にも記憶にも残る日本シリーズになることはあらかじめ決まっている。特に中日は、2006年が球団創設70周年にも当たる。
 私は、日本一が決まりそうな日本シリーズ第6戦あたりに的を絞ってチケット購入を目指すことにした。


 2.つながりにくい先行発売

 まず最初は、先行発売である。先行発売で予約しても予約者多数の場合は抽選になる。だが、日本シリーズのチケット購入経験がない私にとって、ひとまずインターネットで申し込んでおけば購入できるものとしか思えなかった。
 なぜなら、日本シリーズのチケットは、シーズンよりも割高になっている。当然、それだけ見る価値がある試合なのかもしれないが、ナゴヤドームの内野席ではシーズン定価の3割から4割高になっていた。それだけ割高なら買いたい人も少ないに違いない。そう考えていた。

 10月13日、インターネットのチケット先行受付は、受付開始時間の午前10:00には既に混んでいた。何度アクセスしても、アクセスが殺到している旨のメッセージが出るだけでつながらないのだ。
 しばらくやってみてもつながらないため、私は、様子を見ることにした。12:00頃から再び挑戦することにしたのだ。
 しかし、つながらない。熱狂的な中日ファンの同僚も、電話とインターネットで挑戦していたが、どこにもつながらず、途方に暮れている。
 そんなとき、私のインターネットでのアクセスがつながり、申し込めることになった。
 第6戦の内野席4枚を申し込んだ私は、もう獲得できた気分になっていた。
 後で聞いたところによると、インターネットも電話もほとんどつながらない状況が開始時間の13日午前10:00から終了時間の14日18:00まで続いていたらしい。真夜中ですらつなげるのは困難だったという。
 事実、同僚は、真夜中にインターネットも電話もつながらないので、先行予約はあきらめていたのだった。抽選を申し込むための手続きがつながらなくて、申し込めないとはいかがなものだろう。先着順のチケットであれば、それも仕方ないが、つながったとしてもあくまで抽選をしてもらえる権利を手にできるというだけなのだ。腑に落ちないシステムである。

 結局、私に当選通知は来なかった。端的に言えば、考えが甘かったということなのだろう。
 私がやっていたことは、そのときの状況から見れば、馬券を1枚だけ買って、きっと当たるはずだと思い込んでいたにすぎない。
 実際に当選した人の話をインターネットで見てみると、「お一人様各試合1券種4枚まで」という規定を最大限に活用し、まず自分の名義で各試合すべてを申し込み、さらに家族の名前を借りたりして各試合を申し込むといった戦術を駆使していたのだ。
 もし余分なチケットが取れてしまえば売ればいい。そんな邪道な考え方がなければ、とてもじゃないがチケットを手に入れることはできないということなのか。
 私は、おぼろげながら事情が呑み込めてきて、一般発売にかけることにした。


 3.オークションという場外戦と不可解な一般発売開始時間

 インターネット上では、オークションで大量に日本シリーズのチケットが売りに出されているという情報が流れていた。
 つまり、抽選で当たり、定価で買ったチケットを転売目的でオークションに出す者が続出していたのだ。
 それは、一旦、抽選で当たったけど、別の用が入って行けなくなってしまったから、という事情の者もいただろう。それが本来のあり方なのだから。
 しかし、これだけ大量に出てきていると、そのほとんどは、高値での転売目的で手に入れたとしか考えられない。
 内野席の定価は、1枚5000円〜8000円である。しかし、ネット上のオークションで見れば、1枚3万円とか5万円といった高額のものもある。
 外野席ですら、定価は1枚2000円〜2500円であっても、オークションでは1万円を超えている。
 野球のチケットまでも、現在の株取引のようにマネーゲーム化しているではないか。

 お金があり余っていれば、私は、躊躇なくこのオークションでチケットを購入しただろう。だが、1枚買うために3万円とか5万円とかいう吊り上がった金額を出す勇気はなかった。
 来年のシーズンが始まれば、また5800円で同じ内野席からプロ野球が見られるではないか。そういう一般庶民としての想いが脳裏を支配する。
 やはり、こんなマネーゲーム化した状況は、異常なのだ。
 時代とともにハイテク化していくのは分かるが、このチケット購入争奪戦で見えてくるのは、明らかに弊害の部分ばかりである。

 一般発売での購入を目指す私に、またしても行く手を阻む壁が現れた。20日午前10:00から発売開始となっていたが、その午前10:00から仕事で重要な会議が入ってしまったのだ。普段であれば、仕事の合間を縫ってインターネットにアクセスすることは不可能ではないのだが、会議となれば不可能になる。
 おそらく、大抵の社会人と学生は、金曜日の午前10:00となれば、仕事中か授業中である。プロ野球界は、社会人と学生を疎外しているのか。買ってほしいのは、主婦と定年を過ぎた人々だけなのか。どうしても買いたいなら、仕事や授業をさぼるべきだということなのか。
 しかし、そうやって憤慨していられるのも、実際にアクセスしなかったからかもしれない。10:00からアクセス競争に参加した同僚の話によると、やはりつながらず、20分程度で完売という状況になって徒労に終わったということである。どちらにしろ、結果は、同じだった可能性は高い。

 そうなれば、最終戦に突入である。21日午前10:00からの店頭発売である。
 私が最初、日本シリーズを生で見たいと言ったとき、ケーブルテレビでのテレビ観戦が専門の友人はこう訊ねてきた。
「じゃあ、名古屋まで買いに行くの?」
 だが、そういう時代はかなり昔に終わりを告げている。電話、インターネット、コンビニが現在の三大チケット購入方法である。
 店頭販売で、球場やチケット販売場の窓口に並ぶのは衰退の道をたどり、現在の基本は、コンビニの機械の前に並ぶのだ。日本シリーズのチケット購入においては、これが最終手段でもある。
 
 私は、自宅から一番近くにあるコンビニを頻繁に利用している。そのため、私は、21日午前9:50にそのコンビニへ行った。
 すると、既に先客がいて、50代の夫婦と営業マン風の会社員が並んでいた。その並んでいた50代の夫婦は、私の近所に住む知人のA氏だった。
「あなたも、日本シリーズのチケット取りに来たの?」
「ええ。チケットを取りたくても、今まで取れなくて、あきらめきれず、この店頭発売に来てしまいました」
 A氏に訊ねられた私は、苦笑しながらうなずいた。でも、このコンビニで3番目の順となると、チケットを獲得できるのは、ほぼ不可能な状況である。
 A氏は、すぐにでもボタンを押せる用意をして待っている。
「そうなんだよねえ。私も、何とか抽選でチケットを取ろうと、先行発売のときに電話をかけまくったけど、1回もつながらなかった。それならばインターネットでとつなげに行ったけど、これもつながらない。夜中もつながらないんだからどうしようもないよねえ」
 彼は、熱狂的な中日ファンの公務員である。前日のチケット一般発売は、仕事中だから電話もインターネットもできなかったはずだ。となると、この日の店頭発売に賭ける意気込みも分からぬではない。
「中日が毎年、優勝してくれるのなら、こんなにあせることはない。でも、優勝するのはそう簡単じゃないし、今度、いつ日本シリーズに出られるかも分かったもんじゃない。だから、まだあきらめきれないんだよね」
 中日有利という前評判が高いだけにファンなら見ておきたいものである。

 話をしているうちに10:00になった。
 A氏は、必死にタッチパネルを操作する。狙いは、私と同じ第6戦である。都合上、この日にしか行けないのだそうだ。
 1塁側の内野席を4枚希望して10分くらい待っていただろうか。画面には完売を示す文字が出る。続いて枚数を2枚に絞って外野席を希望しても、また10分ほどで完売を示す文字。A氏にも疲労の色が滲む。
「こういうのも長所短所があるよね。昔は、球場のある都市で並んで買うっていうイメージがあったけど、それじゃ都市部の人しか買えない。電話にインターネット、コンビニでも扱うようになって、こんな地方でも買えるようになったけど、逆に今度は購買層が増えて、つなぐことさえままならない。私のようなファンに言わせりゃ、席なんてどこでもいいんだ。とにかく日本シリーズが見られれば」
 A氏は、全席の空き情報一覧が即時に出てこないことにも不満を漏らす。システムも、まだ発展途上ということなのだろう。
 このような状況では、もはや見込みがないとあきらめるより仕方がない。
「どうしても見たかったら、オークションで手に入れるしか方法がないのですかねえ」
 私が漏らすと、A氏は、憤慨したように首を横に振った。
「あんなものは、犯罪じゃないのか。所用で行けなくなったから、定価で譲ります、というのなら分かる。あれは、そうじゃなくて、定価の何倍もの値段がついている。儲けるためにチケットを取って売ってるんでしょ。あんなものが許されていちゃおかしい。たとえ、法律に引っかかってなくても、道義的に許されちゃいかんよ」
 もっともな意見である。私は、お金があり余っていたらオークションで買ってもいい、という意見を持っていたことを恥じた。道義的におかしいものに、手を出してはいけないのだ。ダフ屋行為に手を貸すようなものなのだから。
 私は、あきらめきれずにいるA氏を尻目に、結局、1回も機械を触ることなく、コンビニを後にすることになった。
 すべては、徒労に終わったのである。


 4.噴出する数々の大問題に対処を

 日本シリーズのチケット争奪戦に参加してみて、憤りを感じた問題点は多い。大きなものを3点挙げてみる。

1.先行発売で抽選をしてもらう手続き用の電話、インターネットに夜中でさえもなかなかつながらず、手続きができない。
 2.観戦に行く気のない者がチケットを購入し、オークションで高値に吊り上げて売りさばく現象が起きている。
 3.一般発売の開始時間が金曜日の午前10:00からであり、社会人や学生は買うことが不可能に近い。

 まず、1の電話、インターネットがつながらないのは、今後、システムの環境改善で対処していけるだろう。店頭で即座に全席の空き状況が分かるようにする部分も、システムの改善で対処できるはずだ。予約状況や当選枚数などもあらかじめ公表されれば、ファンとしては購入対策を立てやすくもなる。
 3の一般発売の開始時間も、金曜日の午後8時からといったように社会人や学生でも購入可能な開始時間から始めてもらえれば、対処できる話である。

 そうなると、最大の問題は、2のオークションによる転売問題となる。1年間応援に応援を重ねてきた熱狂的なファンが買えず、高値での転売だけが目当てのマネーゲーマーが買えてしまうシステムは、既に破綻をきたしてないか。
 ネット上でも、ネット上で横行するマネーゲーマー、いわゆる「素人ダフ屋」の存在に怒りの声が挙がっていた。
 かつては、どの球場へ行っても、ダフ屋に出くわした。プロのダフ屋にである。しかし、現在ではほとんど見かけなくなっている。球場によっては、見かけないこともないのだが、かなり規制が厳しくなったからだ。

 各都道府県には、詳細に違いこそあれ、同様の規制を条例によって行っている。たとえば、ナゴヤドームのある愛知県の条例にはこのような記述がある。

 (乗車券等の不当な売買行為(ダフヤ行為)の禁止)
 第4条 何人も、乗車券、急行券、指定券、寝台券その他の運送機関を利用することができる権利を証する物又は入場券、観覧券その他の公共の娯楽施設を利用することができる権利を証する物(以下「乗車券等」という。)を不特定の者に転売するため又は不特定の者に転売する目的を有する者に交付するため、乗車券等を、公共の場所又は公共の乗物において、買い、又は人の身辺に立ちふさがり、若しくはつきまとい、人に呼び掛け、チラシその他これに類する物を配布し、若しくは公衆の列に加わつて買おうとしてはならない。
 2 何人も、転売する目的で得た乗車券等を、公共の場所又は公共の乗り物において、不特定の者に、売り、又は人の身辺に立ちふさがり、若しくはつきまとい、人に呼び掛け、チラシその他これに類する物を配布し、若しくは乗車券等を展示して売ろうとしてはならない。

 ダフ屋は、条例で禁止されているのである。違反した場合は、「五十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する」ことになっている。
 しかし、インターネット上でのダフ屋はなぜ増え続けているのか。これは、プロのダフ屋ではなく、素人ダフ屋の台頭のせいだろう。インターネットでは誰でも簡単にこうしたダフ屋行為をしてしまえる。最初から観戦する気のないチケットを購入し、オークションへ出品すればいいだけだからである。
 それゆえに、軽い気持ちでダフ屋行為をできてしまうのである。

 これまではそれほど注目されてはこなかったが、最近は、警察もインターネットでのダフ屋行為に目を光らせているという。つまり、明らかに犯罪だからである。
 2003年10月には阪神の私設応援団メンバー8人がインターネット上でのダフ屋行為により、逮捕された。
 だが、こうした条例には逃げ場が存在している。「転売する目的」というものを証明できるのか、あるいは、プロバイダ契約をしている者だけができるインターネット上のオークションが本当に「公共の場所」と言えるなのか、と条例に対する疑問点は多い。
 特に「転売する目的」の部分は、「実は転売する目的などなく、たまたま行けなくなったから仕方なく売ったのだ」と主張されてしまえば、なかなか検挙が難しい。各都道府県の条例だけに、地域格差も気になるところである。

 ならば、そもそも転売自体を禁止すべきではないか。そういう意見も多いだろうが、実は既に日本野球機構は、そういった規定を行っている。
 日本野球機構が規定している「試合観戦契約約款」には次のような記述がある。

第4条 (転売等の禁止)

 何人も第三者に対し、主催者の許可を得ることなく、入場券を転売その他の方法で取得させてはならない。但し、家族、友人、取引先、その他これらに類する特定の関係に基づき、営利を目的とせず、かつ、業として行われない場合については、この限りでない。

 しかし、この約款は、法律ではない。それゆえに、これに違反していたからと言って、何らかの懲罰が与えられるということがないのだ。端的に言えば、人の良心に期待した約束事でしかないわけだ。

 こうして見てみると、こういったインターネット上のダフ屋行為は、各都道府県の条例や日本野球機構の約款では手に負える範疇を超えている。インターネットは、都道府県内だけでなく、日本全国、そして海外にまで広がる世界なのである。
 それならば、国として、きっちりと法律で規定すべき問題なのである。サッカーW杯のように全世界に関連するチケットもあることを考えれば、国際法も検討すべきかもしれない。

 少なくとも、国は、こういった観戦チケットの転売をすべて禁止し、違反者には厳しい罰則を課する法律を制定すべきである。もし転売をすべて禁止することが無理なのであれば、少なくとも定価を超える額でのチケットの転売を禁止すべきだろう。
 せっかくのスポーツ観戦が色あせてしまうような後味の悪いチケット争奪戦は、2006年を最後にしてほしい。それが私の切実な願いである。




(2006年10月作成)

Copyright (C) 2001- Yamainu Net 》 伝説のプレーヤー All Rights Reserved.


inserted by FC2 system