セットアッパーにクローザー同等の評価を
セットアッパーがリーグ優勝に導いた2010年

犬山 翔太
 
  1.歴史が浅いセットアッパーの評価

 2010年9月12日、浅尾は、横浜戦で5−2の8回表に登板して1回を無失点に抑え、シーズン56ホールドポイントを達成する。これは、2007年に阪神の久保田智之が達成した55ホールドポイントの日本記録を上回る新記録だった。

 しかし、その扱いは、どのメディアも小さかった。その原因は、いわゆる中継ぎ投手の記録だからである。
 日本では、かつて中継ぎ投手の評価は低かった。それもそのはずである。1980年代まではエース級の投手は、完投するのが当たり前だった。リリーフ投手も、1977年から江夏豊がリリーフに回って大活躍をするようになってから注目を集めたが、江夏は、ロングリリーフをする守護神という立場だった。7回から登板することがあっても9回の試合終了まで投げ切るクローザーとしての役割を担っていた。先発と抑えがいれば、勝つことができる。1990年代に入るまでは、そんなチーム作りが主流だった。
 そのため、中継ぎ投手は、先発投手が早期に崩れたときの敗戦処理投手でしかなかったのである。

 ところが、1990年代に入ってようやく中継ぎ投手に光が当たり始める。日本人選手が大リーグで活躍するようになり、大リーグの野球が日本のテレビで頻繁に見られるようになったからである。
 大リーグでは投手は、100球を目途に交代する。そのため、好投しても6回・7回で降板することが多く、7回・8回を任せられる好投手が必要になってくるのだ。
 そうした役割の重要性が海を超えて伝わったのが長谷川滋利の活躍である。1997年に大リーグのエンゼルスへ移籍した長谷川は、当初、先発投手としての役割を与えられたが、結果を残すことができず、中継ぎ投手として活路を見出す。中継ぎで好投を続けた長谷川は、先発投手やクローザーにも劣らぬセットアッパーという地位を得て、9年間に渡って大リーグで活躍する。先発投手が早期降板すると勝ち星が転がり込んでくることも多く、2000年には中継ぎながら10勝を挙げている。
 とはいえ、日本でセットアッパーが注目を集めたのは、やはり阪神が誇ったJFKのリリーフ陣だろう。ジェフ・ウイリアムズ、藤川球児、久保田智之の3人は、それぞれがクローザー級の成績を残せる投手として、一時代を築いた。  日本でも、大リーグ流に先発投手は100球を目途に投げるようになり、クローザーは9回限定が当たり前となったことで、7・8回を投げる投手が必要となったからである。
 それでも、尚、マスコミの浅尾の取り上げ方を見る限り、日本ではセットアッパーの重要性はまだ充分とは言えないのではないか。


  2.年々高まるセットアッパーの重要性

 日本では1996年に最優秀中継ぎ投手のタイトルが制定されたものの、当時は、セリーグとパリーグで算定方法が異なるという中途半端なタイトルだった。特にセリーグでリリーフポイントという独自のポイントを作り、登板すればその投球内容に応じて細かくポイントが増えたり、減ったりする複雑怪奇な基準となっていた。
 そんな中、中日の岩瀬仁紀が入団以来、毎年50試合以上に登板してはクローザーをしのぐほどの成績を残したことで、セットアッパーの重要性は年々認識されることになる。
 岩瀬は、3度の最優秀中継ぎ投手に輝いてその重要性を知らしめ、2005年からは、セパ両リーグが統一したホールドとホールドポイントを採用することになる。大リーグのホールドを参考にしたものだが、大リーグのホールドに加えて、同点の場合の登板でもホールドがつく。そのホールドに救援での勝ち星を加えたのがホールドポイントである。
 2005年からは、シーズンの最高ホールドポイントを記録した投手が最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得することになっている。

 歴史が浅いとはいえ、1996年から2010年までの最優秀中継ぎ投手と所属球団の順位を見てみると下記のようになる。

西暦年 投手名 セ球団 順位 * 投手名 パ球団 順位
1996 河野博文 巨人 1位 * 島崎毅 日本ハム 2位
1997 島田直也 横浜 2位 * 橋本武広 西武 1位
1998 落合英二 中日 2位 * 吉田修司 ダイエー 3位
1999 岩瀬仁紀 中日 1位 * 藤井将雄 ダイエー 1位
2000 岩瀬仁紀 中日 2位 * 藤田宗一 ロッテ 5位
2001 木塚淳志 横浜 3位 * 吉田修司 ダイエー 2位
2002 石井弘寿 ヤクルト 2位 * 森慎二 西武 1位
2003 岩瀬仁紀 中日 2位 * 森慎二 西武 2位
2004 岡本真也 中日 1位 * 建山義紀 日本ハム 3位
2005 藤川球児 阪神 1位 * 菊地原毅 オリックス 4位
2006 藤川球児
加藤武治
阪神
横浜
2位
6位
* 武田久 日本ハム 1位
2007 久保田智之 阪神 3位 * 薮田安彦 ロッテ 2位
2008 久保田智之 阪神 2位 * 川崎雄介 ロッテ 4位
2009 山口鉄也 巨人 1位 * 摂津正 ソフトバンク 3位
2010 浅尾拓也 中日 1位 * 摂津正
ファルケンボーグ
ソフトバンク 1位

 この一覧を見ると、最優秀中継ぎ投手が所属する球団は、下位に沈んだ事例が一部あるとはいえ、概ねAクラスに入っている。
 セットアッパーは、先発投手の出来や中盤の打線の援護に大きく左右されるとはいえ、優秀なセットアッパーがいることが安定した成績を残す秘訣であることが読み取れる。
 この中でも、岩瀬・藤川・武田の3人は、その後、クローザーに転向して一時代を築いており、中継ぎをしていた当時からクローザーと同等の働きをしていたと言い換えることもできる。


 3.セットアッパーがMVPになるべき時代

 大リーグの影響と、最優秀中継ぎ投手のタイトル制定によって、中継ぎ投手の地位は、向上しつつある。とはいっても、中継ぎがすべてセットアッパーと呼ばれる投手ばかりなのではなく、敗戦時にロングリリーフを任せられる敗戦処理用の中継ぎ投手も依然として存在する。
 近年の中継ぎ投手は、れっきとした勝ちパターンで起用するセットアッパーと敗戦時にロングリリーフを任せられる敗戦処理投手の2パターンに分かれつつあるのだ。

 その中で優れたセットアッパーは、ときとしてクローザーが霞むほどの好成績を残してその存在感を示してくれる。
 たとえば、阪神がJFKで一時代を築いたとき、久保田がクローザーのときは藤川・ウィリアムズが、藤川がクローザーのときは、久保田・ウィリアムズがセットアッパーとしてクローザー並の成績を残す。現在では、巨人の山口鉄也、中日の浅尾拓也・高橋聡文、ソフトバンクの摂津正・ファルケンボーグがそれにあたるだろう。特に2010年の浅尾拓也、ファルケンボーグは、チームのクローザーの防御率・登板試合数を上回っている。

 優れたセットアッパーがいてこそ、球団が安定した成績を残せる。現在では先発投手が6回まで投げて7回、8回をセットアッパー、9回をクローザーという流れに安定した型を見出そうとする球団が主流となってきているが、今後はさらに6回を任せるセットアッパーが1人加わって、先発は5回まで投げればお役御免という状況になっていく可能性もある。
 さすがに1球団に優れたセットアッパーを3人揃えるのは至難の業だが、それが完成すれば先発がひとまず5回を同点まででしのげば、ほとんど勝ち星を手にしていけるという理想型が出来上がる。

 そんな流れの中で、セットアッパーは、大リーグも含めて依然として評価は高くない。大リーグは、ホールドを公式記録から省いており、日本ではセットアッパーは、先発やクローザーよりかなり低い年俸で働き、少し不振に陥るとトレードの対象となってしまう。
 9回を抑えるのが最も難しいという意味でクローザーの評価が高まるのは仕方ないとしても、ホールドは、セーブに近い評価を与えてもいいはずである。というのも、2010年を見て私がセパのMVPを選ぶとするならセリーグは投手三冠の前田健太とともに浅尾拓也、パリーグはファルケンボーグを選ぶからである。




(2010年10月作成)

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