プロ野球史上最高の本塁打王は誰か
〜様々な環境の差異を網羅する基準はあるのか〜


犬山 翔太
 
  1.最も優れた本塁打王は誰か

 2013年9月15日、ヤクルトのバレンティンが阪神戦の1回裏に56号2ラン本塁打を放ち、王貞治、アレックス・カブレラ、タフィ・ローズの持つシーズン55本塁打の日本記録を抜いた。
 これまで、外国人選手が四球攻めに遭って阻まれた記録をあっさりと更新し、さらに2打席目ではアジア新記録となるシーズン57号本塁打を放って、その圧倒的な力を見せつけた。
 2012年末現在の本塁打上位5位までは下記のとおりとなる。

【本塁打数 ベスト5(2012年末現在)】
順位 選手名 球団 西暦年 本数
王貞治 巨人 1964 55
タフィ・ローズ 近鉄 2001 55
アレックス・カブレラ 西武 2002 55
ランディ・バース 阪神 1985 54
野村克也 南海 1963 52
落合博満 ロッテ 1985 52

 王貞治が1964年に記録した55本塁打の記録を超える選手は、49年間にわたって現れておらず、日本プロ野球の聖域とまで言われていた。それだけに、残り数試合で55号を放ったとしても、そのあとは四球攻めと極度のプレッシャーに阻まれて、超えるのが困難な記録となっていた。
 しかし、バレンティンは、残り20試合以上を残して55本塁打を放っていたため、四球攻めが起きなかった。55号を超えるには、これだけのペースで打ち続けるしかなかったように思われる。

 そして、バレンティンは、シーズン55本塁打超えと同時に、本塁打率の日本記録も更新しそうである。
 2012年末現在で、本塁打1本にかかる打数を示す本塁打率の上位5人を挙げると、下記のとおりとなる。

【本塁打率 ベスト5(2012年末現在)】
順位 選手名 球団 西暦年 本塁打数 本塁打率 
王貞治 巨人 1974 49 7.86
アレックス・カブレラ 西武 2002 55 8.13
王貞治 巨人 1976 49 8.16
王貞治 巨人 1966 48 8.25
落合博満 ロッテ 1986 50 8.34

 2013年9月15日時点でのバレンティンは、本塁打率が6.86なので、歴代1位に顔を出す。

 そんな驚異的な記録を作っているバレンティンだが、彼が日本プロ野球最高のスラッガーであると、手放しで評価できるわけではない。
 確かに本塁打数や本塁打率をそのまま単純に評価するのは、分かりやすくはあるのだが、それぞれの選手にとって、置かれた環境にあまりに大きな格差がある。
 なので、本塁打数や本塁打率だけで単純に評価してしまうと、飛ばないボールだったので本塁打数や本塁打率は少ないという、各時代の優れたスラッガーの評価をおとしめてしまうことになる。

 バレンティンの55本塁打超えは、日本記録として名前を残すことになるだろう。しかし、だからと言って、今年のバレンティンが過去の本塁打王よりも優れていた、という証明にはならないのである。
 では、プロ野球史の中で、どの年のどの打者が最も優れた本塁打王だったのかを判定するにはどうすればよいか。


 2.本塁打占有率や2位との差で評価できるか

 さまざまな条件が異なる各年の格差を吸収できる1つの基準としては、本塁打占有率を使用することである。
 本塁打占有率は、各リーグの中で、全本塁打数のうち、その打者が放った本塁打数がどれだけの割合を占めていたかを示すものである。
 2012年末現在で、その記録上位5人を出してみると、次のようになる。

【本塁打占有率 ベスト5(2012年末現在)】
順位 選手名 球団 西暦年 本塁打数 リーグ
本塁打数
本塁打占有率
中西太 西鉄 1953 36 331 10.88%
中村剛也 西武 2011 48 454 10.57%
中西太 西鉄 1955 35 386 9.08%
野村克也 南海 1962 44 518 8.49%
大下弘 東急 1951 26 316 8.22%

 驚くべきことに、この中にシーズン55本塁打を記録した王貞治、アレックス・カブレラ、タフィ・ローズが入っていない。
 バレンティンが56号・57号本塁打を放った2013年9月15日までのセリーグの本塁打数は649本であり、バレンティンの本塁打占有率は、8.78%となり、歴代4位の数字となる。

 その一方で、極端に飛ばないボールを使用していた2011年に48本塁打を放った中村剛也が歴代2位の本塁打占有率10.58%を記録しているのである。

 ちなみに、1964年に王貞治が記録した55本塁打のときは、セリーグで724本塁打出ており、本塁打占有率は7.60%で歴代13位である。
2002年のアレックス・カブレラが記録した55本塁打は、パリーグで869本塁打出ており、本塁打占有率は、6.33%で38位、2001年のタフィ・ローズの55本塁打に至っては、パリーグで1026本塁打出た年であり、5.36%に過ぎず、50位以内にすら入らない。

 歴代1位の中西太は、リーグ331本塁打という飛ばないボールの時代に、36本塁打を放って本塁打王に輝き、27本で2位だった豊田泰光に7本差をつけている。
 中西は、この年、当時の圧倒的な最長飛距離と呼ばれた160メートル超の特大本塁打を放っており、その実力は、突出していた。
 それならば、1953年の中西太がプロ野球史上最高の本塁打王なのか。

 2012年末現在で、本塁打王を2位との差で見てみると、次のようになる。

【本塁打王と2位の差 ベスト5(2012年末現在)】
順位  選手名  球団 西暦年 本塁打数 2位
との差 
2位
本塁打数
 2位
選手名
中村剛也 西武 2011 48 23 25 松田宣浩
王貞治 巨人 1966 48 22 26 長嶋茂雄
江藤慎一
野村克也 南海 1963 52 19 33 張本勲
山内一弘
王貞治 巨人 1964 47 19 36 M・クレス
王貞治 巨人 1970 47 17 30 木俣達彦
松原誠

 驚くべきことに、2011年の中村剛也が王貞治や野村克也を抑えて歴代1位に輝いている。
 それどころか、ここに中西太、アレックス・カブレラ、タフィ・ローズが入っていないのである。中西太が活躍した時代が飛ばないボール全盛であったことが大きいのだが、飛ぶボールであったカブレラとローズの時代もやはり入ってこない。ほどほどに飛ばないボールだった時代の記録が上位に来るのである。
 それでも、バレンティンは、2013年9月15日時点で2位ブランコに20本差をつけており、このランキングでも3位に入ってくる。本塁打数でも、本塁打率でも、本塁打占有率でも、本塁打数2位との差でもベスト5内に顔を出すため、バレンティンがプロ野球史上屈指の本塁打王であることは間違いない。

 とはいえ、この本塁打数2位との差という基準では、本塁打数2位の選手の質によって、大きく左右されてしまう。ライバルになる存在の有無が結果に直結してしまうため、このランキングで1位だからといって、2位や3位より優れているとは断定できないのである。

 これらを見てくると、本塁打数でも、本塁打占有率でも、本塁打数2位との差でも名前が出ている野村克也が歴代有数のスラッガーであったことは分かる。本塁打率と本塁打2位との差でベスト5のうち3つの順位に顔を出している王貞治も、やはり歴代有数のスラッガーであるのだが、だからと言って、それらが史上最高の本塁打王の決め手にはならないのである。


 3.様々な環境の差異を網羅する基準は?

 本塁打数や本塁打率によって歴代で最も優れた本塁打王を判断することが困難であるなら、本塁打占有率や本塁打2位との差で判断する方法を模索してみたが、いずれも決定打とするのは、はばかられる結果となった。

 私としては、本塁打占有率が最も公平に評価できる基準ではないかと考えていたのだが、細かく見てみるとそうでもなさそうである。
 仮に飛ぶボールでリーグでシーズン1000本塁打が出たからと言って、素晴らしいスラッガーが10%を占有する100本塁打を放てるかと言えば、それはほぼ不可能なことである。
 しかし、リーグでシーズン本塁打が560本のときに10%にあたる56本塁打を放てるかと言えば、それは、現実感を伴って考えることができる。
 つまり、本塁打占有率で打者の優劣を考えるのもまた、絶対的価値を持つものではないのである。

 また、本塁打数2位との差は、ほどほどに飛ばないボールの時代に1人だけ突出した本塁打数を放った場合に大きくなりやすい。極端に飛ぶボールであったり、極端に飛ばないボールの時代は、できにくい記録なのである。

 そもそも、記録のみで本塁打王の価値を判定するには、問題がある。
 今年の統一球騒動を見ても分かるように、その年その年で選手が置かれる環境には大きな格差がある。
 思い浮かぶ範囲内で挙げてみても、下記のようになる。

 ・年によってボールの反発係数が異なる。
 ・年、あるいはホーム球場によって、球場の広さが異なる。
 ・選手によってバットの重さ、太さ、長さなどが異なる。
 ・年によって試合数が異なる。
 ・所属する球団によって、対戦投手や警戒される程度が異なる。
 ・打順や前後を固める打者によって、打席数や攻め方が異なる。


 こうして考えていくと、プロ野球は、大抵の面において不公平を伴っているからこそ、どの記録が最も価値があるのかを語るのは困難である。
 1シーズンの中だけですら、本塁打数の価値を論じることが困難な状況でもあり、すべてのシーズンを網羅して公平な価値を論じるのは不可能に近いのだ。

 それでも、私は、バレンティンが叩き出す記録と、その後の日本人選手の奮起に注目していきたい。
 シーズン打率日本記録は、外国人ランディ・バースの.389であり、シーズン安打数日本記録は、外国人マートンの214安打であり、シーズン本塁打数日本記録も、外国人であるバレンティンとなると、日本人の立場がなくなってしまう。
 そうした超人的な記録を技術によって凌駕する日本人選手が現れることこそ、私が日本プロ野球の進化のために望みたいからである。






(2013年9月作成)

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