野球と応援のリズム

山犬
 
   1.スポーツのリズム

 以前、こういう話を聞いたことがある。
 プロ野球の練習も、毎日毎日同じようなことの繰り返しになってくると、何となく盛り上がりに欠け、惰性でだらだらやってしまいがちになる。
 そこで、若手のある選手が一計を案じてBGMを流してみることにした。ヒットチャートを賑わしている流行歌をカセットテープに録音してきて練習中に再生してみたのだ。
 それを何日か続けていたある日、その若手選手のところにベテランの超一流選手がやってきた。当然、その若手選手は萎縮する。
「音楽がうるせえよ。集中できないじゃないか」
 そんなふうに怒られることだって予想できたからだ。
 小さくなっている若手選手に向かって、その超一流選手はボソッと言った。
「そのカセットを俺用にも作ってくれないかな」
 スポーツにおいてリズムは、少し狂うだけで大きな支障をきたすことが多い。野球においてもそれは例外じゃない。
 たとえば、テンポよく七回まで投げていた投手が八回、一人の打者に四球を与えただけで、リズムを崩し、打ち込まれることがある。
 素晴らしい打率を残していた打者がポール際への惜しい大ファールを打った途端、スランプに陥ることだってある。
 ある一定のレベルを超えれば、あとは微妙な感覚が極めて大きなパーセンテイジを占めるようになってくる。
 ちょっとしたリズムの狂いがその感覚を失わせてしまう場合があるのだ。
 何気なく流れているBGM。そこから超一流選手は、音楽が生み出すリズムの効果を感じとったわけである。

 大リーグの試合では、7回表が終わると「私を野球に連れてって」という古い名曲を観客や選手たちが合唱する。観戦に来る人々は、誰もがその曲を知っていて、口ずさむこともできる。球場にいるすべての人々が同じリズムに乗って一つになれる至福の瞬間だ。
 日本には、球場全体で合唱するような習慣はないけれども、その代わりに鳴り物応援がある。選手達のプレーを後押しするかのようなテンポのいいリズムを奏でる。アマチュア野球でもプロ野球でも見かけることができるこの鳴り物応援を僕は気に入っている。


  2.音楽が与えてくれる効果  

 スポーツと歌。そこには切っても切れない関係が時代とともに作られてきているように僕は感じている。大抵の格闘家は、入場のときにお気に入りの曲をかけているし、オリンピックを代表とする国際大会ではテーマソングが使用されることも多い。
 Jリーグ発足以降、人気が出てきたサッカーも、Jリーグ初年度に応援歌の「WE ARE THE CHAMP」が大ヒットを記録した。
 日韓共催となったW杯では、W杯関連の様々な曲がヒットしたことは記憶に新しい。
 もちろん、野球でもそうだ。試合前に国歌が歌われることはよくあるし、春のセンバツ、で知られる高校野球の甲子園大会では開会式の選手入場曲として前年に大ヒットした曲が流される。
 プロ野球では選手が打席に入るときに選手のイメージソングを流したりする。巨人の清原和博が打席に入るときに流れる長渕剛の名曲「とんぼ」は有名だろう。
 高橋尚子がシドニー五輪マラソンのスタート前にhitomiの曲をウォークマンで聴きながらリズムをとって気分を高めていたことは報道で大きく取り上げられたりした。
 スポーツを観る側も、どんどん音楽を応援や演出に取り入れているし、スポーツをする側も音楽の効果をメンタル面にどんどん利用している。これらは、スポーツを一層魅力的な競技・娯楽にする。いわゆる相乗効果をもたらすのだ。

 先日、僕は、2003年夏の甲子園の決勝戦を見ていた。そのとき、試合全体に流れるリズムに注目してみた。
 プロ野球では見られないそのリズムの速さがそこにはあった。プロ野球が切なく歌い上げるバラードなら、高校野球は若々しさが弾けるロックといったところかもしれない。
 でも、夏の甲子園のリズムは、それだけではなかった。
 閉会式にもあった。意外だったのは、日本の国歌である「君が代」が流れたことだ。アメリカの大リーグで流れる国歌「星条旗よ永遠なれ」は有名だが、高校野球で流れる「君が代」はあまり知られていないのではないだろうか。野球場で、その国の伝統的な音楽が流れる。オリンピックの国旗掲揚もそうだけど、スポーツと音楽がともに国々の文化として時間を共有する瞬間は、人々の感動をより大きくする。
 そして、唐突に「栄冠は君に輝く」という曲も流れた。
 僕は、そのとき感じた。
「この曲こそが夏の甲子園を象徴するリズムだ」と。
 ロックではないけど、弾けるような明るいリズム。僕が高校野球を見始めた頃からこの曲はテレビで流れていた。夏の高校野球の季節になると必ずかかる曲。この曲ほど、夏の甲子園を端的に表現してくれるものが他にあるだろうか。
 「栄冠は君に輝く」イコール夏の甲子園。僕にとって夏の甲子園の記憶はこの曲とともにある。僕は、毎年、この曲とともに昨年までの夏の高校野球の記憶を呼び戻し、無意識のうちに季節さえも感じ取っているのだ。
 名曲はいつまでも歌い継がれる。
 僕は、夏の甲子園大会がある限り、この曲も永遠に生き続けるような気がしてならない。
 

   3.阪神タイガースの応援歌

 「阪神タイガース酒飲み音頭2003」という曲が2003年の阪神の快進撃とともに有線チャートの上位をにぎわした。歌っているアーティストは、「○勝 吉本酔虎隊」という吉本興業の芸人たちである。
 内容は、最初から最後まで専ら阪神賛歌だ。野球の漫談で人気の月亭八方さんが中心になって楽しげなリズムで盛り上がり続ける。究極の応援歌と言っていい。
 阪神タイガースと言えば、まず出てくるのが「六甲おろし」。阪神タイガースファンは、応援すると必ずと言っていいほど、この歌を歌う。勝ったあとは、甲子園から続く駅や電車の中でも、この歌を歌う阪神ファンで満たされるという。
 この「阪神タイガース酒飲み音頭2003」も、阪神応援歌の定番になりそうな勢いを持っている。
 歌自体は、結構昔からあったように思う。選手名とその特徴を一言で表していく歌詞なので、毎年選手を変えてその年バージョンの歌が作れる。

 このタイプの歌でよく知られているのが「燃えよドラゴンズ」という歌である。この曲は、1974年の中日優勝時に大ヒット。高木守道やマーチン、谷沢健一、木俣達彦といったそうそうたるメンバーが歌詞に出てくる。その年のレギュラーの打順で1番から順番に打ちまくっていく中日が描かれている。
 その年の、と言っても、歌はシーズン前に作るわけだからあくまで想像でのレギュラーにすぎない。もし、シーズンに入ってから予想外の活躍をする選手が出てきた場合、その選手は歌詞のどこにも入ってなかったりする。
 実際、「阪神タイガース酒飲み音頭2003」には大リーグのレンジャースから阪神入りした伊良部秀輝の名前がない。シーズンの成績を待たずしてCDを作らなければいけないからこういう現象が起こるのだが、それはそれでまた嬉しい裏切りとして楽しめる。逆に、前年までいい成績を残していたのに、当年の成績はさっぱりで2軍落ちしていたり、期待されて入団したのに期待はずれだったり、既に退団してしまっていたりした場合、現実とは裏腹に歌の中では大活躍していたりするわけだ。「阪神タイガース酒飲み音頭2003」ではポートがそれに当たる。
 とはいえ、2003年の阪神は、ほとんどの選手がこの応援歌通りの活躍を見せる、という快挙を成し遂げたのである。 


   4.日本プロ野球の応援は文化

 イチローがオリックスにいた頃、打席に立つと外野スタンドから一斉に「イチロー!イチロー!」と観客が連呼していた。あの迫力は、球場にいた者しか分からない。
 おそらく、2003年の阪神を応援するファンの「地響きのようだ」とさえ形容される熱狂的な声援はその場にいなければ味わうことができない。
 テレビでもある程度は、そのすさまじさは伝わってくるけれど、それはほんのごく一部だし、実物の迫力はほとんど伝わってないと言ってもいい。
 祭りのような太鼓の音。パレードのようなラッパの音。メガホンを叩く乾いた音。そして、普段は出さないような勢いのある声援。面白い野次。球場全体で合唱する応援歌。
「ファンの方々の素晴らしい応援に後押しされて打つことができました」
 といった野球選手がよく口にする言葉は、決してうわべだけのものではない。

 かつて、長嶋茂雄という打者は、ファンが「ここで打ってくれ」と力を込めて応援するところで必ずと言っていいほど打った。天覧試合でのサヨナラ本塁打は、その代表だ。観客の声援が大きければ大きいほど、それを自らの力に変えてしまった男。長嶋にとって応援は、燃えるための貴重な材料だったにちがいない。
 応援が選手を育てる。そんな言葉を、僕は、理論を超えたところで信じている。



Copyright (C) 2001- Yamainu Net 》 伝説のプレーヤー All Rights Reserved.


inserted by FC2 system