日本でOPSはタイトルとなりえるのか
 〜近年、よく見かけるOPSの評価について〜


犬山 翔太
 
 1.OPSとは何なのか

 近年、ネットではOPSという指標をよく目にする。
 これは、インターネットが世に出てきて以降、徐々に浸透してきた指標で、Wikipediaでは、選手のシーズン成績の一枠として掲載していたりする。
 その一方で、まだテレビや新聞といったメディアは、このOPSを積極的に報道することはない。
 OPSの内容自体が「長打率」+「出塁率」なので、スポーツ新聞ではその両方を個別で表記していることもあって、さほど必要というわけでもないのだ。

 私が少年の頃、打者のシーズン記録と言えば、打率、本塁打数、打点だった。この3つのタイトルは、主要3部門と称され、これらを独占することこそが選手やファンの憧れでもあった。1980年代には、落合博満やブーマー、バースがたて続けに三冠王を獲得し、プロ野球を盛り上げた。

 この主要3部門に割り込んできたのが、最多安打である。イチローが現れるまでは、最多安打に注目が集まることはなかった。1994年のパリーグ最多安打が誰であったか知る者はいても、1993年のパリーグ最多安打が誰であったか知る者はほとんどいないだろう。
 1994年にイチローが前人未到のシーズン210安打を達成したことで、最多安打が一躍有名になり、それによってその年からタイトルとして扱われるようになった。つまり、イチローの前年にパリーグ最多安打を記録した石井浩郎は、タイトルにはならないのだ。
 そして、この最多安打こそ、日本プロ野球で発祥したタイトルであり、MLBではいまだタイトルとして扱われていない。

 そのほかには、日本では最高出塁率というタイトルを制定している。しかし、長打率については、タイトルとしていない。
 打率の高い打者は、安打数が多く、出塁率が高くなり、長打率の高い打者は、本塁打数と打点が多くなる傾向があるので、タイトルは、打率・出塁率・安打数・本塁打数・打点・長打率としたら、バランスがよくなる。だが、日本では、なぜか長打率が軽視されているのである。

 それに対し、アメリカ発祥のOPSでは、長打率がセイバーメトリクスの1指標として、大リーグでは重視されている。セイバーメトリクスは、1970年代にビル・ジェームズが野球データの解析をして作り始めたものであり、1990年代後半には大リーグで価値を持つようになっていった。
 
 日本では、まだOPSがメディアで大々的に取り上げられることはなく、依然として打率・本塁打数・打点・安打数が圧倒的な価値を持っている。
 とはいえ、現在のネット社会では、アメリカ大リーグの情報が即座に入ってくるため、日本でもネット上ではこのOPSを至る所で見かけるようになったのである。


 2.OPSはなぜ重要なのか

 それにしても、OPSがこれほどまでに大リーグで評価を高めた理由はなぜなのか。
 それは、最近、映画『マネー・ボール』で有名になったアスレチックスのGMビリー・ビーンによる徹底した合理化戦略によるチーム球団運営にあった。
 チームの勝率を上げるためには、どういう選手を集めればいいか、と徹底的に追求した結果、出塁率と長打率の高い選手が有効であることにたどり着いたのである。
 この考え方は、ビル・ジェームズが1977年に著した『野球抄』に基づくもので、この考え方は、セイバーメトリクス呼ばれ、アメリカで徐々に注目を集めることになる。

 そして、1997年にアスレチックスのGMとなったビリー・ビーンが2002年に、年俸総額がヤンキースの3分の1で、大リーグ球団で28位という低額であったにもかかわらず、大リーグ球団1位のシーズン103勝を挙げたことで、OPSは、大リーグで市民権を得ることになる。

 日本でも、ビリー・ビーンの奮闘が著書『マネー・ボール』として2004年に発売され、2011年には映画『マネー・ボール』によって、徐々にOPSが浸透してきている。
 それとともに知られるようになったのは、OPSだけではない。投手としても、与四球の少なさ、奪三振の多さ、被本塁打の少なさ、という投手自身のみの能力によって成績が上下する指標が注目されるようになった。

 しかし、これらを見てみると、日本のプロ野球自体が既に高く評価していた指標であることに気づく。
 たとえば、大リーグでは未だ最高出塁率は、個人タイトルとして認められていないが、日本では1962年からパリーグで最高出塁率が個人タイトルとして認定され、1967年からはセリーグで最高出塁数が個人タイトルとして認定された。そして、1985年からはセ・パ両リーグとも最高出塁率が個人タイトルとなったのである。
 また、日本の投手は、元来、剛速球を投げて打者を威圧するようなパワーピッチャーが少なく、精密なコントロールを磨いて与四球を少なくし、ピンチでは本塁打を避けるような外角の制球を重視してきた。
 それらが無意識のうちに根付いていたことが、投手の制球力と打者の選球眼において世界でも突出した実力を育み、過去2回のWBCにおいて、高い確率で勝つことができたのである。


 3.OPSよりも最高長打率をタイトルに

 ネットの世界では、様々なデータを独自に分析する人々が数多くいるため、セイバーメトリクスの分析方法がかなり浸透してきた印象が強い。そのため、OPSも、打者の重要な指標として、しばしば見かけるのである。
 その一方で、テレビや新聞を中心とする既存メディアは、伝統に忠実な分かりやすい成績を中心に報道するため、OPSを紹介することは少ない。

 今後、OPSが大リーグで重視され、仮に大リーグでタイトル化されるようなことがあれば、日本も追随するかどうかを検討することになるだろう。これまで、日本は、大リーグが取り入れたものを率先して取り入れてきた実績があるからだ。

 しかし、タイトルとするには、出塁率と長打率があまりにかけ離れていることは障壁となる。出塁率を増やすには、四球を増やせばいいわけで、粘り強い打撃スタイルが重要で、強引に長打を放つスラッガーとの関連性が低い。また長打率は、長打を数多く放てる打者でなければならず、粘り強く単打を放ち、しぶとく四球を選ぶような打者との関連性が低い。
 確かにOPSが高い打者は、球団にとって有益な打者であることは間違いないが、出塁と長打の総合力が優れているからといって、それをタイトルにするには、決め手がないのである。

 OPSをタイトルにするよりは、現在の最高出塁率というタイトルに加えて、最高長打率をタイトルに認定するべきだろう。現在、プロ野球では、本塁打の価値は高く評価されるものの、二塁打、三塁打の価値はあまり評価されない。長打率は、それらを包括して評価される指標なので、タイトルとしてふさわしい価値がある。
 打率・出塁率・安打数・本塁打数・打点・長打率の6部門すべてを独占した打者がいれば、その打者は、まぎれもなく最強打者である。それを日本プロ野球で達成したのは1938年秋の中島治康、1973年の王貞治、1982年の落合博満、1985年のランディ・バース、2004年の松中信彦の5人しかいない。
 並べてみると、そうそうたる顔ぶれなので、彼らがいかに打者として優れていたかがうかがえる。
 今後、打率・本塁打数・打点の打撃主要三冠に加えて、安打数・出塁率のタイトル、そして、現在はタイトル化されていない長打率を加えた六冠がそれぞれ同じ程度の価値をもって語られる日が来ることを期待したい。




(2013年2月作成)

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