伝説を生み出すエンターテイナー  〜長嶋茂雄エピソード集〜
 伝説のプレーヤー番外編として、長嶋が残してきた、野球のプレー以外の伝説をご紹介致します。
 あくまで伝説であり、すべて事実であったかというのは保証できません。しかし、ここのエピソードを見れば、真偽に関係なく、長嶋が正真正銘のスーパースターであることが分かってもらえると思います。
 野球のプレーにおける長嶋伝説については、伝説のプレーヤー本編「長嶋茂雄」をご覧下さい。


現役時代

 @試合忘れ

 少しスランプ気味だった長嶋は、川崎球場で、試合前の練習として打ち込みを行っていた。
 長時間に渡って強烈な打ち込みを行い、それに満足した長嶋は、シャワーを浴びてなぜか着替えていた。
 見ると、ユニフォーム姿ではない。
「じゃ」
 長嶋は、みんなにそう挨拶してそのまま帰ろうとしていた。
 あまりにも打ち込みに熱中しすぎていたため、これから始まる試合のことをすっかり忘れてしまったのである。
 慌てたのは周囲の人々。試合のために来たチームの主力が試合前に帰ってしまっては話にならない。慌てて引き止めたのは言うまでもない。


 A息子置き忘れ

 ある日、長嶋は、息子の一茂に自分のプレーを見せようと、後楽園球場へ連れていった。
 一茂をスタンドに座らせて、長嶋は、試合に没頭した。
 そして、長嶋は、試合が終わると、さっさと家に帰ってしまった。
 帰ってきた長嶋に、妻は尋ねた。
「一茂は?」
「あっ!」
 試合に集中していた長嶋は、すっかり一茂のことを忘れてしまっていたのだ。一茂は、試合後もたった1人で後楽園球場へ置き去りにされていたのである。
 一説によると、「どこかで遊んでるんじゃないの?」と答え、球場からの電話で初めてそのことを思い出したとも言われている。

  
 B雑巾

 ある日、打席に立った長嶋は、凡打し、ベンチへと戻ってきた。
 そして、汗を拭くタオルを取ろうとした。長嶋は、しっかり見ずに目に付いたものをとって拭いた。
「おーっ!」
 長嶋が手にとって顔を拭いたのは、何とボールを拭く雑巾だった。
 それにはさすがの長嶋も気付いたのだ。
「タオル、タオル」
 と、慌てて雑巾を投げ、長嶋は、タオルを探し始めたという。


 C靴下

 ある日、長嶋は、ロッカールームで「靴下がない」と騒ぎ始めた。
 見ると、長嶋は、片方しか靴下を履いておらず、もう片方が見当たらない。
 そこにいた他の選手たちは、慌てて探したが、一向に見つからない。
「あった」
 見つけたのは長嶋だった。
 他人には見つけられるはずがない。
 なぜなら、長嶋は、片足に2枚の靴下を履いていたからである。


 D自動車の鍵

 ある日、長嶋は、後楽園球場のロッカールームで自分の自動車の鍵がなくなった、と騒ぎ出した。
 愛車の鍵がなくなったとなると、帰ることができない。盗まれていたとしたら一大事だ。
 慌てたマネージャーや他の選手が探し回ったものの、見つからない。
 途方に暮れる周囲を横目に、長嶋は、突然思い出したように言った。
「ごめん。今日は、新聞社の車に乗せてきてもらったんだ」
 愛車は自宅。鍵など、最初から球場になかったのだ。


 E誘拐偶然防止

 1973年9月26日、中日戦を終えた長嶋は、愛車で家路を急いでいた。
 しかし、中原街道のところが工事渋滞で少し混んでいたため、長嶋は、いつもは通らない裏道へ入った。
 その日、水面下では長嶋茂雄誘拐事件が計画されていた。それは、5人組の犯人が長嶋を誘拐し、大金を脅し取ろうというものだった。
 だが、犯人たちは、長嶋が裏道へ入ったのについていけず、計画は失敗に終わっていた。
 その後、犯人たちは、2度目の誘拐計画を立てるが、仲間割れした犯人の1人が通報したため、1度目の未遂事件まで明らかになったのである。 
 誘拐を未然に防いだのは、長嶋の気まぐれだったのだ。


 Fベロビーチ

 1961年、長嶋は、巨人のキャンプではじめてアメリカのベロビーチを訪れた。
 そこにいた少年たちが英語で流暢に話していたのを聞いた長嶋は、
「こっちの子は英語がうまいなあ」
 としきりに感心していたという。
 さらに街に出た長嶋は、道路を走っている車を見渡しながら
「こっちは、外車ばかりだねえ。さすがアメリカだ」
 と感動していたという。


 Gデモクラシー

 長嶋は、コンパニオンだった妻との新婚当時、報道陣に追い回される日々が続いた。
 日本を代表するスターだけに、どこに行っても、報道陣に囲まれる。
 それには、さすがの長嶋も、我慢ができなかったのだろう。
 ある日、長嶋は、報道陣の前で声を荒げた。
「いいかげんにしてよ。僕にだってデモクラシーがあるんだ」
 一瞬、誰もが少し考え込んだ。
 しかし、すぐに謎は解けた。デモクラシーとプライバシーを言い間違えていたのだ。


 H命名

 長嶋と親しくしていた新聞記者が自分の子供の命名を長嶋に頼んだ。
 長嶋は、快く引き受けてくれた。
 その新聞記者は、一体どんな名前を付けてくれるかと楽しみに待っていた。
 長嶋が付けてきた名前はこれだった。
「茂雄」
 言うまでもなく長嶋自身の名前である。
 その新聞記者は、あまりにもありがたい名前なので、そのままもらい受けたということだ。


 Iふぐさし

 長嶋は、他の選手たちとふぐを食べに行った。
 その店で、長嶋の前に出てきたのは、大きな皿に盛り付けられたふぐさしだった。
 当然、ふぐは高価なので、大きな皿に薄く切られたふぐの刺身が円形に並べられている。もちろん、全員分である。
 長嶋は、量的に少なかったため、1人分と思ったのだろうか。
 それを箸でまとめて半分くらいを一口で食べてしまった。
 もちろん二口か三口ですべて平らげてしまう。
 他の選手たちは、どうすることもできず、箸を持ったまま眺めていたという。


 Jスイカ

 ある暑い夏の日、選手たちにスイカが用意されていた。
 選手たちが食べやすいように、きれいな三角形に切られていた。
 しかし、選手たちが続々とスイカを食べに現れたときには、三角形のスイカの一番おいしい部分である頂点がすべてなくなっていた。
 それは、最初に来た長嶋がすべてのスイカの頂点だけを食べていってしまったからである。
 その後、他の選手たちがそのスイカを食べたかどうかは定かではない。


 K外国の高級車

 名実ともにスーパースターとなった長嶋は、外国の高級車を買った。
 そして、毎日、自宅から球場までその高級車を運転して来ていた。
 ある日、長嶋は、球場に着くなり、車から身を乗り出して言った。
「今日は、車の調子が悪いんだよね。アクセルが重いんだよ」
 聞いていた人が見てみると、何と長嶋は、サイドブレーキを引いたまま運転している。
 故障でも何でもなく、ただサイドブレーキを解除し忘れていただけだったのだ。
  

 L契約金行方不明

 長嶋は、巨人入団のとき、当時では破格の1800万円の契約金をもらった。
 プロ1年目は、新人ということもあって下宿生活をしていた。
 しかし、1年目から好成績を残して一流プレーヤーに仲間入りした長嶋は、土地を買って一戸建てに住むことを考えた。
 そこで土地を買うのに必要になってくるのが、あの破格の契約金である。
 長嶋は、1年前に預金した契約金を下ろそうとしたが、どの銀行に預金したかさっぱり思い出せない。
 全額を一つの銀行に預けて、その銀行名を忘れてしまったのだ。
 だが、幸運にも長嶋の入団のとき、いろいろ身の回りの面倒を見てくれていた先輩がその銀行を知っている。長嶋は、慌ててその先輩に電話し、ようやく銀行名が判明したという。


 M道具を旅館に置き忘れ

 1967年、阪急との日本シリーズで巨人は、芦屋市の旅館に宿泊した。
 第1戦の日、長嶋は、旅館からチームメイトと一緒に専用バスに乗り込んで西宮球場に向かった。
 球場について、着替えるときになって、長嶋は、ユニフォームやグラブ、スパイクなどがすべて入ったバッグを旅館に忘れてきたことに気づいた。まさか管理の厳しい川上哲治監督に話すわけにもいかない。
 あせった長嶋は、親しい記者に頼み込んで、極秘にバッグを届けさせた。
 その間の約30分以上、長嶋は、1人で外野をランニングしていた。
 川上監督がその真相を知ったのは、数年後だったという。
 ちなみに、その日本シリーズの第6戦では旅館のスリッパを靴に履き替えるのを忘れ、球場までスリッパで行ったそうである。


 Nストッキング

 札幌円山球場での試合のとき、長嶋は、靴下の上に履くストッキングを片方、持ってくるのを忘れたことに気づいた。
 試合開始は、もうすぐである。
 だが、片方はストッキングなのに、もう一方が普通の靴下で試合に出てはおかしい。
 仕方なく、マネージャーは、靴下に黒マジックで色を塗り、何とかストッキングらしく見えるようにした。
 そのスタイルで、長嶋は何食わぬ顔をして試合に臨んだという。


 O談話

 長嶋は試合でホームランを放った。当然のように、記者が談話を聞きに来る。
「打った球はシュートですよね」
「ええ、シュートでした」
 長嶋はそう答えた。
 しばらくして、別の記者が談話を取りに来た。
「打ったのはスライダーですか?」
 すると、長嶋は答えた。
「はい、すごいスライダーでした」
 一つ解説しておくが、シュートとスライダーは、曲がる方向が正反対である。


 Pレポート

 川上哲治監督の指導は、厳しい練習とミーティングの積み重ねを大切にした。
 あるとき、川上監督は、ミーティングで選手達に対して、小兵栃ノ海が横綱になる過程についての話を聞かせ、それについてのレポートを書かせた。
 提出されたレポートの内容は、十人十色だったが、その中に川上哲治が「忘れることができない」とうなったというレポートがあった。
 もちろん長嶋のレポートである。
 なぜなら、そのレポートは、わずかに一言が書かれていただけだったからである。
「分かりました」
 と。

 Q牽制のサイン

 堀内恒夫が入団した頃、長嶋は、若い堀内のために、サード牽制へのタイミングを分かりやすくするために、独自のサインを考え出した。
「俺がグラブから人差し指を出していたら牽制のサインだ」
 その後、ある試合で、1死3塁になったとき、長嶋は、堀内に声をかけた。堀内が振り向くと長嶋のグラブからは人差し指が出ている。
 堀内は、長嶋の言葉を思い出し、3塁へ牽制球を投げた。しかし、投げた瞬間、目を疑った。肝心の長嶋がサードベースに入っていないのだ。牽制球は外野を転々とし、1点が入った。
 落胆した堀内が「人差し指が出てたじゃないですか」と詰め寄ると、長嶋は、
「あれっ?出てた?」
 と首をひねったという。
 牽制球を投げさせるつもりもないのに、長嶋は無意識に人差し指をグラブから出していたのである。


現役引退後

 @たけしをゴルフ場招待

 ビートたけしは、長嶋にゴルフを誘われた。
 たけしがゴルフ場に行ってみると、ちょうど長嶋が階段を降りてくるのとかち合った。
「あ、長嶋さん、今日はどうも」
「今日は、ゴルフですか。誰とですか?」
 長嶋は、そう尋ねてきた。たけしが呆然としていると、長嶋はそのままどこかに行ってしまった。
 長嶋に誘われていたたけしは、1人取り残されたが、そのうち、また長嶋が申し訳なさそうに戻ってきた。
「ごめん、ごめん。今日は僕とだよね」
 と謝ったという。
 長嶋は、誰を誘ったつもりだったのだろうか。それは、いまだに謎である。

 
 Aスパゲッティ

 ビートたけしが誘われたゴルフでのこと。
 ゴルフのラウンド開始前に長嶋とたけしは、食堂に入った。
 2人でサンドイッチを頼んで待っている間、長嶋は
「ちょっと新聞社に電話してくる」
 と言って出ていった。
 しかし、20分たっても30分たっても戻ってこない。頼んだサンドイッチにはまだ何も手をつけていない。
 スタートの時間が迫っていたため、慌てたたけしが食堂内を見回すと、向こうの端の方で、長嶋がスパゲッティを頼んで食べていたという。
 たけしの視線に気付いた長嶋は、すぐとんできた。
「ごめん、ごめん。ここにいたんだよな」
 30分前、どこに座っていたかすら忘れていたのだ。


 Bトライアスロン大会1

 松尾雄治のトライアスロン大会で会長をしていた長嶋は、スタートの鉄砲役をすることになった。
 その日、あいにく雨が降っていて傘を差してスタートの鉄砲を鳴らさなければならなかった。
 左手に傘を持ち、右手に鉄砲を持っていた長嶋は、スタートの鉄砲を鳴らすとき、右手で右耳を覆い、左手の傘を高く掲げて鉄砲の引き金を引いた。
「ギャー」
 鉄砲の音とともに、長嶋は叫んだ。
 掲げる手と耳を覆う手が逆だったのだ。
 右手に持っていた鉄砲は、当然ながら右耳のすぐ横で鳴り響いたのである。


 Cトライアスロン大会2

 長嶋は、また別の年にも、トライアスロン大会のスターター役を務めた。
「用意!」
 ここで鉄砲の音が鳴り響くはずだったが、火薬が湿っていたらしく、シュッという音しか出なかった。
 次の瞬間、大きな音が鳴り響いた。
「ドンドンドンドーン」
 鉄砲の代わりに、長嶋が口で音を出したためである。
 それで、選手たちがスタートしたかどうかまでは明らかではない。


 D名球会でオーストラリア

 名球会に入っている長嶋は、オーストラリア在住の日本人の子供に野球を教えることになった。
 オーストラリアの少年野球チームには、スポンサーが付いている。
 そのスポンサー名が背番号の上に書いてある。ご存知の通り、日本のプロ野球では背番号の上は自分の名前である。
 長嶋が教えに来たチームには英文字で「AKAI」という名前が入っていた。
 長嶋は、熱心に少年を指導しながら、1人1人教えるたびに
「赤井君、頑張れよ」
「赤井君、将来楽しみだなあ」
「いいねえ、赤井君」
 とそれぞれの選手に言っていたという。
 そして、十数人全員を教え終わったあとにこうつぶやいた。
「驚いたね。オーストラリアは赤井という名前が多いね」
 長嶋は、その少年野球チームに「赤井電機」という会社がスポンサーについていることを知らなかったのである。


 E鯖の字

 その日は、美しい鰯雲が青空を覆っていた。
 巨人の監督をしていた長嶋は、その空を見ながら近くにいた記者に尋ねた。
「サバってどんな字だったっけ?」
 記者は、手帳に「鯖」という字を書いて見せた。
「ああ、魚偏にブルーね」
 長嶋は、鰯雲の空を見上げながらそう言ったという。


 Fくじ引き練習

 逆指名制が導入されるまでのドラフトは、他球団と1位指名が競合した場合、くじ引きでその新人の交渉権を得られるかどうかを決めていた。
 長嶋は、監督となってから、くじ引きの可能性が高くなると、事前に自宅でくじを引く練習をしていたという。
 そのかいがあったのだろうか。長嶋は、1993年オフのドラフト会議で、のちに不動の4番となる松井秀喜を見事に引き当てている。とはいうものの、このときくじを引いた長嶋の順番は一番最後。残った最後の封筒を引いただけである。
 つまり、練習した意味はなかったと言っていい。いや、あくまでくじだから、練習したところで意味がないはずなのだが・・・


 G長嶋と長島

 長嶋には「長嶋」と書かれる場合と「長島」と書かれる場合がある。双方の表記があちこちで見られるため、ファンの間ではどちらが正しいのか、という議論さえ起こっている。
 おそらく戸籍上は「長嶋」であろうと思われる。
 が、本人は、面倒なのかサインに「長島」を使っているらしい。おまけにマスコミは、当用漢字を基本的に使うことになっているらしく、1980年の監督解任のときまで「長島」表記が一般的になっていた。
 しかし、1993年に監督となったとき、なぜか長嶋自身が今後「長嶋」表記にしてくれ、とマスコミに頼んで「長嶋」が一般的になったと言われている。
 そのため、様々な憶測を呼んでいるようだが、長嶋が1999年に「長島」に改名したとの噂があり、今後もどちらが正しいのかという議論は絶えることがないだろう。


 H大浴場

 ある日、選手たちが大浴場に入ると、少し後から監督の長嶋が入ってきた。
 長嶋は、普段通り、自分のペースで体中を泡だらけにして磨いたあと、そのまま湯船の中へ。
 湯船には大量の泡と長嶋の垢が浮くことになった。
 当然、他の選手は洗っている途中で、まだ湯船には浸かっていない。
 長嶋は、そんなこともどこ吹く風で、唖然とする選手たちを尻目にご機嫌な様子で出て行ってしまった。
 残された選手たちは、湯船を見たら、入るにも入れない。仕方なく誰もが、シャワーで体を洗い流すだけで済ませたという。


 I擬音語

 長嶋は、現役時代、熱血な天才バッターであっただけに指導も熱心だ。それは、王貞治と一緒に少年野球教室へを教えに行き、王にほとんど指導する隙を与えないこともあったほどである。  しかし、その熱心さがときに教わる者を困らせる。
 「球がこうスッと来るだろ」
 長嶋は、自ら構えてバッティングのやり方を語り始める。
「そこをグゥーッと構えて腰をガッとする」
 真剣な表情で身振りを交える。
「あとはバァッといってガーンと打つんだ」
 こういうのが、長嶋のいつもやっている指導だという。あまりにも感覚的な擬音語を多用するため、理解は困難である。
 そのため、長嶋の指導を受けた選手たちは、皆一様に目が点になってしまう。
 おそらく長嶋の指導を完璧に理解できた者は、まだ1人もいないだろう。


 J友人とゴルフ

 ある日、長嶋は、友人とゴルフに出かけた。
 運転は、長嶋である。
「ゴルフ場は、この道の右側にあるんですよ」
 愛車を運転しながら長嶋は、右ばかり見ている。
 それにつられて、友人も、右を注意して見ていた。
 しかし、いくら走ってもゴルフ場は見えてこない。
「あれっ、おかしいなあ。もう見えてくるころなんだけど」
 そう言いながら、長嶋は車を進める。それでもゴルフ場らしきものすら見当たらない。
「ごめん、ごめん。ゴルフ場は、左でした」
 長嶋は、申し訳なさそうに笑って、Uターンをした。
 そして、さっき来た道を戻り始めた。
 だが、友人が長嶋を見ると、何と長嶋は、左ばかりを見ながら運転していたという。
 Uターンしたため、今度はゴルフ場が右側にあることに気づいていなかったのだ。
 

 K名前の呼び間違い

 長嶋がよく人の名前を間違えて呼んでしまうことは有名である。
 ある日、長嶋は、清水選手に「柳田!」と呼んだ。もちろん、清水は、何のことかさっぱり分からない。
 一説によると、清水の風貌が、昔巨人にいた柳田選手によく似ているので思わず呼んでしまった、ということである。

 また別の日、長嶋は、スポーツアナウンサーの山下さんという人からインタビューを受けていた。そして、その日は特に話が盛り上がっていたという。
 そこを高橋選手が通りかかった。長嶋は、高橋を呼び止めようとした。
「おい、山下」
 あまりにもインタビューに集中していたため、アナウンサーと選手の名前を間違えてしまったのである。


 L完璧な解説

 ある試合で、長嶋は、テレビ中継の解説者として招かれた。試合は、1点を争う緊迫した展開となる。
 実況のアナウンサーから、その後の試合展開について聞かれた長嶋は、興奮した口調でこう答えた。
「うーん、この試合は、1点でも多く取った方が勝ちでしょうね」
 間違いはない。だが、野球は、元来そういうルールのスポーツである。


 M不完全な電話番号を渡す

 巨人監督をしていた長嶋は、知人に電話番号を尋ねられた。長嶋は、監督室にあった小さなメモ用紙に電話番号を書いて渡した。
 しかし、知人がその電話番号を見ると、明らかに1桁足りない。ためしに掛けてみてもつながらない。
 知人は、まさかと思い、監督室へ行ってみると、監督室の机に最後の1桁が書いてあった。
 長嶋は、メモ用紙に電話番号を書いたとき、1桁だけメモ用紙をはみ出して机へ書いてしまったことに気づいていなかったのである。


 N電話で打撃指導

 評論家になった長嶋に、ある日、掛布雅之選手から電話がかかってきた。スランプに陥った掛布は、少年時代から憧れていた長嶋に、助言を求めたのだ。
「今、そこにバットある?」
 そう訊ねた長嶋のために、掛布は、急いでバットを持ってきて電話口へ戻った。
「じゃあ、ちょっと素振りしてみて」
 掛布は、耳を疑った。バットを振ったところで、電話で話している長嶋に音しか聞こえない。掛布は、仕方なく素振りしてみた。
「駄目だ。もっと無心になって振らないと」
 長嶋は、音だけ聞いて掛布に指導する。掛布は、長嶋の言う通り素振りをした。
「そうだ。そのスイングだ。そのスイングを忘れるな」
 そう言い残して長嶋は、電話を切った。
 その後、掛布は、スランプを脱出しているが、長嶋の指導が役に立ったかどうかは定かではない。



Copyright (C) 2001 Yamainu Net 》 伝説のプレーヤー All Rights Reserved.

inserted by FC2 system