魔法の年齢  〜ジム・モリスの自伝『オールド・ルーキー』から〜
山犬
 
 僕たちは、ともすると年齢でいろんなことを判断してしまいがちである。
 体に無理が利くのは20代まで。女性は30歳までに結婚して寿退社。男性が転職するなら40歳が限度。60歳を超えたら老後。
 そうやって、いつのまにか半ば常識のように縛り付けられている。年齢は、敷かれたレールのように僕たちの行動を方向付け、ときには制限していく。
「もう30超えたんだから独身貴族も終わりにして、そろそろお前も年貢の納め時だよ」
 と会社でからかわれている男性なんかを僕たちは時どき見かけたりする。本人にしてみれば、人生は十人十色なんだから一つの枠に入れないでよ、と迷惑に感じているだろうけど、世間はとにかく年齢で生き方を括りたがる。
 子供の頃には誰もが持っていた大きな夢や目標。
 しかし、それは、年齢が進むにつれて形を変えていく。と言うよりは、周囲によって形を変えられてしまうと言った方がいいかもしれない。
 やがて大人になれば、大抵は形すら失ってしまうのだ。
 夢や目標を達成していくごく一部の人の代わりに、大部分の人は、ごく平凡にありきたりの人生を歩んでいくことになる。

 夢を追うために、目標を実現するために、人は一体何歳が限界なのだろう。
 僕も、他人の例に漏れず、小学生の頃、プロ野球選手を夢見ていた。しかし、それは、はかなくも小学校5年生のときには破れてしまった。わずか11歳という情けなさである。
 そのときの粘りのなさ、努力不足への後悔は今でもまだ残っている。それが現在も続く僕のプロ野球愛につながっているのかもしれない。
 それはともかく、僕のように早々と夢から脱落してしまう者もいれば、長く夢を追い続けている者もいる。
 野球で言うと、そこそこの成績を残していれば、高校生や大学生なら充分にプロ野球への夢を持ち続けることができるし、社会人野球をしていても20代半ばならまだプロ入りを目指していても白い目で見られることはないだろう。
 この『オールド・ルーキー』にも、プロ入りを目指すマイナーリーガーたちの会話が出てくる。

「マイナーリーグ、とりわけシングルAの選手たちが会話をかわすとき、よく出てくる話題のひとつは年齢のことだ−球団にとっての有望選手があるときを境に過去の人に変わってしまう、その知られざる謎の数字とはいったいいくつなのか。いわく、『なあもし[空欄を埋めよ]歳までビッグ・ショーに上がれなけりゃ、もうおしまいだよ』たいていの連中は二十六がその魔法の年齢だと考えている」

 ビッグ・ショーとは、メジャーリーグ、つまり日本で言うプロ野球の一軍のことだ。アメリカのプロ野球は、まず普通に新人として入るとローAから始まり、ハイA、ダブルA、トリプルAとレベルが上がって行き、最高峰にメジャーリーグがある。
 二軍と一軍で構成されている日本とは重厚さがかなり違う。
 大リーグからドラフトで指名されるのさえ官僚になること以上の確率であるのに、ローAから大リーグにまでのし上がっていくには、山の中から小さな宝石の欠片を探し当てるほど困難を極める。
 多くのアメリカ人たちは、メジャーリーガーになる夢を持ち続けられる限度の年齢は26なのだと思っているようだ。まあ日本でもそれくらいの年齢が限度だと思われているかもしれない。何せ、2002年度のドラフト会議で指名された選手のうち、26歳以上の選手はわずかに3人。しかも、そのうち鈴木誠投手と塩屋大輔選手はアメリカからの逆輸入投手である。純粋に新人という意味では近鉄に入った下山真二選手だけしかいない。
 しかし、『オールド・ルーキー』の主人公であるジム・モリスは、あろうことか35歳で大リーグのトライアウト(入団テスト)を受けるのだ。

 ジム・モリスは、1964年生まれ。1983年に大リーグのブルワーズに入団したものの左肘を故障し、手術後に左肘をかばって投げているうちに左肩まで傷めてしまう。
 モリスは、ダブルAに上がることすらできず、1987年限りでプロ生活を断念する。このとき23歳。
 それでもモリスは、スポーツへの愛着を捨てきれず、職を転々としながら大学に通い、妻の収入に頼る生活を続けていく。
 転機は1998年に訪れた。
 モリスは、高校でフットボールと野球のコーチをして生計を立てていた。しかし、その野球チームは、寄せ集めであり、やる気も感じられなかった。あまりのひどさに業を煮やしたモリスは、子供達へこう説教する。
「きみたちがそろそろ知っておいたほうがいいのは、何事かをやりとげるには夢が必要だってことだ。夢をもたなきゃいけない。夢のない者はこの世界ではゼロに等しい。きみらには夢が要る。夢は大きいほど、なしとげられるものも大きくなる。そして大きなことをなしとげるほど、きみたちはさらに先まで進むことができる」(中略)
「夢や目標を、そのとき手で触れるほんのちょっと先におくことだ。そうすれば、触れるようになったとき、ちょっとだけ高いところに行ける。またちょっと高く。そんなふうにすればなんでも上達できる、これからの人生でなにをやるにしても」

 子供たちは、むやみに反抗することも、無条件に聞き入れることもなかった。
「コーチはどうなんです?」(中略)「あんなにすごい球が投げられるのに」−と、間をおく−「どうしてまだ現役でやってないんですか?」
 子供たちの問いかけにモリスは答えることができなかった。
 子供たちは、自分たちのチームがプレーオフまで行けば、モリスにも大リーグのトライアウトを受けることを約束してほしいと頼む。
 子供たちは、その計画を達成するために練習を重ね、ついにプレーオフ進出するまで勝ち進む。
 こうしてモリスは、大リーグチーム、デヴィルデイズのトライアウトを受けることになった。ただ子供たちとの約束を果たすために。
 トライアウトの日、妻ローリに仕事が入っていたため、3人の子供の世話をしなくてはならなかったモリスは、3人の子供を連れてトライアウトを受けに行く。
 最初は相手にされていなかったモリスだったが、ピッチングを始めた途端、奇跡が起きる。
 若き頃、145キロ以上の球を1回も投げたことがないにもかかわらず、MAX158キロを出してしまったのだ。
 テストで見事に合格したモリスは、またたく間にダブルA、トリプルAと上がって行き、その年のうちにメジャーデビューを果たしてしまう。若き頃にはダブルAでも投げたことがないにもかかわらず。
 モリス以上の歳でメジャーリーグデビューした選手は、モリス以前には1人しかおらず、デビューするまでの間に野球のプレーから離れて別の仕事をしていたのはモリスだけである。
 モリスは、26という「魔法の年齢」を根底から覆したのだ。35歳で。
 モリスは、メジャーリーグで21試合に登板し、15イニングを投げた。勝敗には関係なかったが、13奪三振、防御率4.80という成績を残したのである。

 モリスの中年になってからのアメリカンドリームは、映画化されて全米で100億円を超える興行収入を記録した。
 僕も、日本で公開になったばかりの『オールド・ルーキー』を見た。
 家族との生活か、夢か。中年になれば誰もが思い悩むであろう2つの選択肢の間で夢を選ぶまでの経緯が見事に描かれていた。教え子たちとの触れ合いの中で共に成長していく姿にも、僕は自らの怠惰を反省させられた。
 でも、それよりも僕が心をひかれた場面は、モリスがマイナーリーグの度重なる移動でくたくたになりながらも、テキサスにいてモリスのメジャー挑戦を応援してくれる8歳の息子に公衆電話で話すところだ。
 モリスは、電話をかけ終わったとき、同僚のマイナーリーガーからこんなことを言われる。
「ここしか、長距離電話はかけられないんだ。十分以内で済ましてくれ。誰と話してたんだ?ガールフレンドか?」
 モリスは、答える。
「いや、息子だ。宿題を手伝っていた」
 からかったマイナーリーガーは何も言い返せず、モリスの背中を見送るだけだった。
 最後には周りの誰もがモリスの応援をするようになっていた。モリスは、すべての人々の心の中に潜んでいる夢を背負い、そして実現してくれたからだろう。

 日本じゃありえない話なのかな。映画を見た僕は、そんなことを考えながら日本人選手の実話を思い浮かべてみた。よく似た話を僕は知っている。
 小川健太郎という投手は、1954年に一度プロ野球の東映に入団したが芽が出ず、わずか2年で退団している。しかし、アマチュアで9年間やった後、1964年に再びプロ野球の中日に入団しているのだ。そのとき小川は30歳。妻と3人の子供がいた。小川は、不正事件を起こして退団するまでの6年あまりの間に1軍で95勝を挙げている。王貞治に対して背面投げを行ったり、博打や酒を愛し、奔放に私生活を送った破天荒な選手だったという。
 ジム・モリスとは少しタイプが異なるかもしれないけど、愛したくなる人物だ。

 先日、テレビのインタビューで34歳にして15年ぶりに最優秀防御率のタイトルを獲得した桑田真澄投手がこんなことを語っていた。
「夢は、60歳になっても1イニングならきっちり抑えられるような投手」
 普通の投手なら引退を考え始める歳になって、常識的な投球フォームを捨てて新フォームを生み出し、成功した桑田投手らしい夢である。
 年齢は、スタミナを確実に奪っていく。60歳の投手が若くて勢いのあるプロを相手に9イニングを完投することは不可能だろう。
 しかし、もし1イニングだけなら……。
 スピードやスタミナはなくとも、技術と頭脳と経験で抑えきることはできるかもしれない。
 桑田投手の夢は、何の前触れもなく聞かされれば、ばかばかしくて笑ってしまう話だろう。しかし、そのことが既に年齢による呪縛でがんじがらめにされている結果なのだということを『オールド・ルーキー』という作品からは感じ取ることができる。
 モリスの35歳でのメジャー挑戦は、常識では考えられない話だった。
 夫モリスの持っている実力、また妻ローリ1人の収入に頼らざるを得ないかもしれない一家の生活、シーズン中は夫不在となってしまう家庭、もし夫が挫折したときの傷。そういうものをすべて考え合わせながら妻ローリが夫に話した言葉が心に響いた。
「あなたがやりたいのなら、あたしも応援するわ」
 僕たちは、日常の楽な生活に埋もれて行ってしまうと、かつて抱いた夢など、最初からなかったかのように生きて行けてしまう。
 でも、僕は、いつか叶うかもしれない夢や目標を常に持ち続けて日々努力を積み重ねる生き方に憧れる。年齢で縛り付けられる生き方に僕は以前から賛同していなかったからだ。
 満足感を得たいなら年齢なんて考える必要はない、魔法の年齢は自分自身でいつでも定め直すことができるし、なくしてしまうこともできる。そう僕は語りたい。窮屈に生きていては何も生まれてこないことをジム・モリスは身をもって語ってくれているのだから。


 青字は『オールド・ルーキー』ジム・モリス、ジョエル・エンゲル著 松本剛史訳 文芸春秋(2002.12)から引用

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