国民栄誉賞は、投票にすべき
松井秀喜の国民栄誉賞受賞は、まだ早いのか


犬山 翔太
 
 1.松井は、まだ早い?

 平成25年5月5日、長嶋茂雄と松井秀喜の国民栄誉賞授与式が東京ドームで盛大に行われた。
 長嶋茂雄は、私が生まれたとき、既に引退して監督となっていた。私が物心ついたときには、タレントや野球解説者としての長嶋茂雄でしかなかったのだが、そのスター性は、突出していた。
 そして、時折流れる現役時代の映像を見ると、長嶋がいかに素晴らしい選手だったかも理解できた。
 日本の高度成長期の娯楽を支えた最大の功労者であることには疑いがない。その点を考えれば、もう1人の功労者王貞治が受賞しているのに、長嶋茂雄がまだ受賞していなかったこと自体が不思議でもあった。
 長嶋茂雄は、受賞が遅すぎたくらい。それがメディアや世間の反応だった。

 しかし、松井秀喜の受賞に対しては、メディアもネットも私の周囲でも次のような意見がちらほらあった。
「まだ受賞は早すぎる」
「松井は、受賞するほどの成績ではない」
「松井にあげるならば、他の選手にもあげるべきだ」

 確かに、近年、国民栄誉賞授与に関しては、国民全体で祝うという雰囲気よりも、一部にさまざまな批判を抱えながら祝う、という状況が続いている。
 そのきっかけになったのが2011年、FIFA女子ワールドカップ日本女子代表に与えたことである。湧き上がってくる疑問は、国民栄誉賞を受賞していない人々との差があまりにもあいまいであることだ。北京五輪金メダルの女子ソフトボール日本代表や長野五輪金メダルのラージヒル団体日本代表、柔道で五輪三連覇の野村忠宏ら、それまで素晴らしい成績を残してきたスポーツ選手が国民栄誉賞を受賞していない理由が説明できないわけである。

 しかし、長嶋茂雄と松井秀喜が残した通算成績を並べてみると、松井受賞に対する批判的な意見には至らない。

長嶋茂雄
  通算打率.305、444本塁打、1522打点、190盗塁、2471安打。

松井秀喜
  日本:通算打率.304、332本塁打、889打点、46盗塁、1390安打。
  米国:通算打率.282、175本塁打、760打点、13盗塁、1253安打。
  日米:通算打率.293、507本塁打、1649打点、59盗塁、2643安打。


 長嶋茂雄に匹敵する、そして、スラッガーとしては長嶋以上の成績を残した松井は、まさに長嶋とともに国民栄誉賞にふさわしい実績である。
 なのに、松井に対する不満意見が出てくるのには、比較対象において、様々な見方があるために他ならない。


 2.松井の功績

 松井の受賞は、まだ早すぎるのか。
 確かに、長嶋茂雄が77歳という年齢で国民栄誉賞をもらったことを考えれば、38歳の松井がこの賞をもらうことが早い、というのは分かる。しかし、王貞治は、37歳で受賞し、衣笠祥雄は、40歳で受賞している。
 柔道の山下泰裕は27歳、マラソンの高橋尚子は28歳で受賞している。
 それを考えれば、松井の受賞が早すぎることはないだろう。今後、指導者としての実績を積んでからでも遅くはないとは思うが、競技者と指導者は、分野が違うと言ってもいいほどで、名選手が名指導者になるとは限らない。巨人の監督になるのであれば、よほどのことがない限り好成績は残せるであろうが、他の球団の指導者になった場合は、指導者としての能力が高くなければ、自らの評価を落とすことになりかねない。

 松井秀喜は、同じ時代の選手として、日本人では匹敵する打者が見当たらないほどのスラッガーだった。しかし、大リーグではマーク・マグワイア、サミー・ソーサ、バリー・ボンズ、アレックス・ロドリゲス、アルバート・プホルス、ミゲル・カブレラといった怪物としか言いようのないスラッガーが何人もいる。
 彼らと松井の成績を比較してしまうと、松井の成績が見劣りしてしまうのも事実である。
 松井は、日本と大リーグで残した成績がそれぞれ10年ずつであるため、いずれか一方の成績を見ても、なかなか松井の功績が伝わらない側面がある。
 日本だけでプレーしていたなら、最初の10年間をはるかにしのぐ成績を残していたと想定できるので、少なくとも本塁打は700本以上打っていたであろうし、安打も3000本近くまで行っていたに違いない。
 松井が通算成績で評価されにくくなった大きな要因は、大リーグ移籍をして慣れるまでに時間を要したことと、最も活躍が期待できる時期に左手首を骨折してしまったことだろう。

 それが通算成績で見たとき、下記の代表的記録に集約されるように、長嶋との差が大きい錯覚にとらわれ、松井に対する国民栄誉賞受賞に逆風となって表れたのである。

長嶋茂雄
  ・本塁打王2回
  ・打点王5回
  ・首位打者6回(歴代3位)
  ・シーズンMVP5回(歴代2位)
  ・日本シリーズMVP4回(日本記録)
  ・新人王
  ・シーズン最多安打10回(日本記録)
  ・6年連続シーズン最多安打(日本記録)
  ・開幕戦5年連続本塁打(日本記録)
  ・通算開幕戦本塁打10本(日本記録)
  ・日本シリーズ3打席連続本塁打(日本記録)



松井秀喜
  ・本塁打王3回
  ・打点王3回
  ・首位打者1回
  ・シーズンMVP3回
  ・日本シリーズMVP1回
  ・オールスター4試合連続本塁打(日本記録)
  ・ワールドシリーズMVP1回(日本人初)


 この記録を見たとき、松井の日本での成績がわずか10年間で達成したものだ、ということを考えると、その評価は、もっと高まるはずである。
 また、大リーグでも、歴史に残る記録と言えば、ワールドシリーズMVPが目立つ程度だが、日本人として初のシーズン20本塁打達成、シーズン30本塁打達成、そして、日本人初の通算100本塁打達成、150本塁打達成など、日本人スラッガーとして、道を切り開いてきた功績は大きい。
 特に大リーグのワールドシリーズMVPと、シーズン30本塁打達成の記録は、当分の間、日本人大リーガーによるの達成はないであろうという快挙である。


 3.批判の原因と対策

 国民栄誉賞には、明確な基準が欠けていると言われる。それは、内閣府が定める国民栄誉賞規定に、下記の「目的」しか指定してないためである。

 広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えることを目的とする。


 この賞最大の特徴は、内閣総理大臣が認めれば、いついかなるときでもその人物に賞を与えることができるということである。そのため、総理大臣とその側近がお気に入りの人物がいれば、与えることができるのである。
 国民栄誉賞表彰規程実施要領には、「候補者について、民間有識者の意見を聞くものとする」という規定があるものの、あくまで意見を聞くだけであり、決定権は、内閣総理大臣にある。

 確かに、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったもの」という記述を見れば、長嶋茂雄と松井秀喜の受賞は、安倍総理が言うように「文句なしの受賞」である。

 だが、それならば、なぜ下記の人々には国民栄誉賞を与えないのかという疑問が出てくる。

 野村克也(世界で唯一となる選手3000試合出場&監督3000試合出場)
 落合博満(世界で唯一となる三度の三冠王)
 野茂英雄(日本人初の大リーグ新人王、最多奪三振、通算100勝)
 金田正一(日本で前人未到の通算400勝。世界でも3位の記録)
 江夏豊(世界で唯一となる通算200勝、200セーブポイント)
 金本知憲(連続試合フルイニング出場記録の世界記録)
 松坂大輔(WBCで2大会連続MVP)


 野球だけで見ても、候補を挙げようとすれば、まだまだ挙げることはできる。また、他のスポーツも見てみると、五輪三連覇の野村忠宏や伊調馨、女子マラソンの野口みずき、団体で言えば、史上初の金メダルを獲得した北京五輪の女子ソフトボールや長野五輪の男子ラージヒル団体も、獲得してしかるべきだろう。

 しかし、国民栄誉という名称がつきながらも、国民が決めるのではなく、決めるのは内閣総理大臣であるため、その当時の内閣総理大臣の個人的判断で与えられなかったわけである。
 栄誉の賞は、他にも都道府県の栄誉賞や市町村の栄誉賞があるのだが、これらも都道府県民や市町村民の意向とは一切関係なく授与される。
 そのため、これらの栄誉賞は、いずれも政治家が好感度を上げるために政治利用している、と揶揄されることも多い。
 しかも、没後の受賞があまりにも多いことも、常に批判を受けており、受賞した22人(団体除く)のうち、12人が没後の受賞という状況である。

 賞というものは、たいていの場合、基準があいまいで、選考する人々の主観や人間関係などが混ざり込むため、批判の対象となりやすい。だが、これだけ、次々と批判が噴出する国民栄誉賞は、数ある賞の中でもトップクラスの批判がある。
 改善するためには、法案のようにせめて国会内で賛否の投票くらいはしてもらいたいものである。国民の栄誉というからには、国民の大多数が賛成しなければならないので、有効投票数の4分の3程度を可決の基準にすればいい。
 世界に誇れる快挙があれば、その都度、投票を行い、真に文句なしの国民栄誉賞となるようにしてほしいものである。





(2013年6月作成)

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