悲劇を防止するための日本学生野球憲章改正私案
〜悪しき連帯責任の根源である対外試合禁止処分の排除を〜


犬山 翔太
 
 最近、長谷川晶一さんが著した『夏を赦す』(廣済堂出版)を読んだ。日本ハムのエースとして活躍した岩本勉が高校3年生のとき、後輩の不祥事で夏の大会を出場辞退していた、という話を元にしている。長谷川さんは、当時の岩本のチームメイトたちに取材を敢行し、彼らの心境の経緯をまとめ上げている。
 このようなタイプの本が出版になることは珍しい。だから、私は、この本もひっそり世間に埋もれてしまうのではないかと心配していたが、そんな予測をものともせず、ネット上では飛ぶような売れ行きを見せており、メディアでも盛んに取り上げられている。
 高校野球を巡る連帯責任という悲劇に対する関心の高さを改めて思い知らされることとなった。

 『夏を赦す』の中には、私にとって強く印象に残る場面がある。
 1989年夏、阪南大高校野球部は、2年生の暴力事件によって夏の地区大会を出場辞退する。その出場辞退は、阪南大高校が決めたことになっているが、実情は、そうではなかったことが記されている。当時生徒だった吉田秀和さんは、高木先生が生徒に出場辞退を告げたときの様子を振り返る。
 それがこの場面だ。
「高野連から言われたのが《廃部か?出場停止か?》だったらしいわ。廃部か、出場停止かってなぁ……。そんなん出場停止しか選択あらへん。いや、そんなん選択肢ちゃうやん」(『夏を赦す』長谷川晶一/廣済堂出版)

 ここで注目したいのは、高野連が日本学生野球憲章違反として処分を下す前に、出場辞退を強制していることである。
 考えてみれば分かることなのだが、不祥事を起こした高校は、少しでも処分を軽く済ませたい、自らの学校の評判を落とすようなことは避けたいと考え、何とか出場をする方向に持っていきたいものである。
 しかし、高野連は、事務的に出場辞退を強制する。そして、その流れは、そのまま対外試合禁止処分へとつながっていく。
 実態の精密な調査・確認が困難であるにもかかわらず、重い処分が下ってしまう仕組みがある。
 暴力問題や喫煙、飲酒といった不祥事は、警察沙汰になったものの他、内部告発か、外部告発によって明らかになる。ということは、必然的に被害者に有利な方へ事態は動くのだ。

 戦前の軍隊同然の連帯責任制をひきずってきた日本学生野球憲章も、2010年に全面改正が行われ、処分に対する不服申立ができるようになった。さらに、日本学生野球協会が被処分者の情状を考慮して、処分を解除することもできるようになった。
 少しは民主的になったように見えるものの、不服申立や情状の考慮は、形骸化しており、実態は何も変わっていない。なぜなら、学校側は、学校のイメージ悪化を危惧して動こうとはせず、個人としての不服申立も同様の理由で抑制しようとする。
 かといって、情状を考慮するために、学生野球協会や高野連が処分した高校を積極的に視察・調査・確認を行っているわけでもない。
 2010年の改正も、学生野球憲章が制定から年月が経ちすぎて、あまりにも時代錯誤であったことへの批判をかわすために、改正したにすぎなかったとしか見えないのである。

 そのうえ、近年は、2011年に明るみになった大津いじめ事件、2012年の桜宮高校の体罰事件を境に、暴力問題に対して、世間から厳しい視線が注がれるようになった。その流れと歩調を合わせるかのように、高野連や学生野球協会も、処分を重くする傾向に逆戻りしてきている。
 2013年9月には計4校の対外試合禁止処分、10月には10校に対外試合禁止処分、11月には4校に対外試合禁止処分、12月には9校の対外試合禁止処分が下っている。
 特に倉吉北高校には対外試合禁止1年間の極めて重い処分、京都広学館には7か月、大阪、西新発田、日高高中津分校、四日市中央工、京都文教、○○(校名非公表)、大迫に6か月の重い処分が下っている。

 運悪く告発に遭った高校は、無実の学生まで巻き込んで試合に出場できなくなり、告発に遭わない高校は、堂々と試合に出場する。そして、暴力を振るった学生もまた、転校によって出場できてしまう、という抜け穴も依然として残る。
 上級生を試合に出場できなくするために、下級生が悪意を持って告発を行って、対外試合禁止処分が成立することもある。学校に不満を持つ生徒や保護者が学校を陥れるために告発を行い、対外試合禁止処分に至ることもある。
 高校野球界が軍隊じみたやり方を守り続けているがゆえに、大きな弊害を抱えたまま、不条理な悲劇が繰り返されるのである。

 このような状況を見ていくと、日本学生野球憲章は、まだまだ2010年の改正が不十分すぎた、と断言せざるを得ない。
 では、どのように改正していけばいいのか。私としては、諸悪の根源である連帯責任制を一掃することが最優先だと考える。以下が私の望む私案である。

日本学生野球憲章の改正私案
第29条(日本学生野球憲章違反に対する処分)

 日本学生野球協会は、学生野球団体、野球部、部員、指導者、審判員および学生野球団体の役員が本憲章に違反し、または前条の注意または厳重注意にしたがわない場合には、当該の者に対して処分をすることができる。

2 日本学生野球協会は、部員または指導者が、本憲章に違反する行為をした場合には、当該加盟校の野球部に対しても処分をすることができる。

3 日本学生野球協会は、加盟校を設置する法人の役員または前項以外の教職員、応援団もしくはその他学校関係者が、本憲章に違反する行為をした場合には、当該加盟校の指導者または野球部に対して処分をすることができる。

4 日本学生野球協会は、必要と認めるときは、処分に付随して指導をすることができる。

5 日本学生野球協会は、処分後の被処分者の情状を考慮して、処分の内容を解除変更することができる。


第30条(処分の種類)

処分は、次の各号に掲げるものとし、それぞれの意義は、当該各号に定めるところによる。

@謹慎 処分対象者が個人の場合であって、野球部活動にかかわることの禁止

A対外試合禁止 処分対象者が野球部の場合であって、対外試合への参加の禁止

B登録抹消・登録資格喪失 処分対象者が個人、野球部または学生野球団体であって、学生野球団体へ登録をしている者については登録を抹消し、処分対象者が未登録の場合には、登録資格の喪失

C除名 処分対象者が個人であって、学生野球資格の喪失


第31条(処分の手続)

 日本学生野球協会は、独立、公正、中立な組織である審査室をして処分に関して審査決定を行わせる。

2 処分対象となった学生野球団体、野球部、部員、指導者、審判員および学生野球団体の役員は、迅速な手続を保障される。

3 処分対象者は、弁明し、弁明を証明するための証拠を提出する機会が与えられるなど、自己の権利を守るための適正な手続が保障される。

4 本憲章の定めた手続により処分がなされるまでは、学生野球団体、野球部、部員、指導者、審判員および学生野球団体の役員は、本憲章に違反したことを理由とした不利益な扱いを受けない。

5 処分に関する手続は日本学生野球協会規則で定める。

 上記の案は、連帯責任の部分を排除したものであり、本来は、さらに処分基準と処分内容についての詳細を明確に追加すべきである。

 現在は、部員が起こした不祥事については、野球部全体に対して処分を行う方針である。そのため、不祥事を起こした部員が転校して試合に出場できるのに対し、全く無実の部員がその高校に所属しているというだけで試合に出場できないという本末転倒な事態が起きてしまう。
 そういった問題を解決するためには、野球部に対する処分を廃止し、すべて個人に対する処分に一元化することが必要である。





(2014年1月作成)

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