賢明な判断 〜福岡工大城東高校副部長の不正行為への対応〜

山犬

 白熱した試合だった。
 第74回選抜高校野球大会1回戦の宇都宮工×福岡工大城東戦である。
 福岡工大城東高校は、宇都宮工業高校に1回から4連打で3点を先制される苦しい展開となる。しかし、城東は、1回から3回まで小刻みに1点ずつを返し、3−3の同点に追いつく。
 6回に宇都宮工は2点を奪って突き放すが、その裏には城東が2点を奪い返して同点とした。
 点を奪われた後にすぐ取り返す。城東にとっては理想的な点の取り方だ。
 スコアは5−5。打ち合いになってきたかと思われたが、ここで試合の動きはピタリと止まる。
 両チームともにサイドスローの好投手を擁するよく似たチーム。特に城東の松本投手は、九州ナンバーワン投手と言われ、大会屈指の実力を持っている。防御率は大会ナンバー1であり、三振がとれて安定感もある。打撃も城東の方が高打率を誇っている。
 試合前の予想は、城東の優勢を伝えているものが多かった。
 だから、両チームが6回までに5点ずつを取り合う荒れた展開こそが予想外だったのかもしれない。
 流れとは不思議なもので、7回からは緊迫した投手戦になった。
 9回の表裏も両チーム0点に終わり、試合は5−5のまま大会初の延長戦に入った。城東の松本投手は、毎回奪三振を記録していた。立ち上がり以外は本来の投球をしていたのだ。
 11回を終わっても試合は動かない。松本投手は、相変わらず毎回奪三振を続け、1回から積み重ねた三振は16を数えていた。
 11回裏、宇都宮工のエラーから試合は再び動き始める。エラーで出たランナーをバントで進めて1死2塁。ここで打順はクリーンアップに回ってくる。
 決めたのは2死後に出た4番のライト前ヒットだった。大会初の延長戦で劇的な逆転サヨナラ勝利。城東が初めて奪ったリードの瞬間が勝利の瞬間であった。
 そんな好試合が試合後、甲子園初の不正行為発覚という汚点として語られることになる。

 不正行為の発端は、荒れた前半の試合展開に隠されていた。
 防御率0点台を誇る城東の松本投手が序盤から打ち込まれることはほとんどの者は予想していなかっただろう。1回3失点。
 その受け入れがたい事実は、城東関係者のあせりを生んだ。
 大里正治副部長は、ベンチには入れないため、ネット裏にいた。ネット裏にいるが、何とか選手の力になりたい。そして、勝ちたい。
 その熱血ぶりが悪い方向へ出た。
 大里副部長が相手投手を観察してとったメモは、相手投手の配球の癖と攻略のやり方であった。彼は、ボールボーイにそのメモを渡す。
 高校野球のボールボーイは、試合をしているチームの控え選手が務めている。もちろん、この試合では城東の控え選手となる。
 それを中央特別自由席に座っていた観客が「サイン盗みではないか」と大会本部に連絡。
 そのため、サイン盗み疑惑となって世間に出た。その後、サイン盗みではなく、相手投手の攻略法のメモだったことが分かった。そのメモは、ボールボーイからベンチにいる控え選手の手に渡り、その選手がポケットにしまいこんでいたという。
 相手投手の攻略法を書いてあるメモを選手に渡すことはフェアプレーの精神に違反するだけなく、規則上で禁じられている。1998年に日本高野連全国理事会が「伝達行為の禁止」を規定しているからである。
 高野連の下した処分は、大里正治副部長の謹慎、責任教師の清野潤二部長を他の教師に変更することのみであった。城東の2回戦出場に関しては差し支えなしとの判断である。
 僕は、高野連の判断について、驚きを隠せないでいる。これまで事あるごとに連帯責任を課してきた経緯から見れば、出場停止処分になるのではないか。そう考えていたからだ。
 しかも、高野連は、事態を重く見た城東高校からの2回戦出場辞退の申し入れを受理しなかったのである。
 牧野直隆委員長は、出場させることで選手たちを救おうと試みる考えを示している。
「選手は知らないところでの不正行為にショックを受けているだろう。重圧が掛かると思うが、本来の素晴らしいプレーを見せてほしい」(時事通信2002年3月30日)
 高野連の田名部事務局長も、ほぼ同じ考えを述べている。
「試合から逃げていては、子供たちの心の傷はいやせない。『つらくても次の試合で本当の姿を見せればいい』と学校側に伝えてある」(時事通信2002年3月30日)
 高野連の見解は、不正行為が副部長の独断であり、また試合結果には何の影響も及ぼしておらず、城東の2回戦出場は問題ないというものである。
 当然のように高野連には抗議の山が殺到している。2回戦出場を認めるべきではないと。
 抗議が殺到したことで、議論は二つに分かれつつある。整理しておきたい。

 
***** 城東の出場を認める側(高野連の判断を支持)*****

・副部長が選手の知らないところでやった不正行為であり、選手は無関係である。
・部長(責任教師)の変更は、一度はメモの存在を否定していることと指導が行き届かなかったためであり、高野連の判断は妥当である。
・選手も、この騒動で既に社会的制裁を受けている。だから、もうこれ以上の処分は必要がない。
・副部長が渡したメモは、ボールボーイの手から他人には渡っておらず、試合結果には何の影響もなかった。


 
***** 城東の出場を認めない側(高野連の判断に抗議) *****

・副部長の不正行為は、チームの中での行為であり、チームとして責任を取るべきである。
・副部長の不正行為は、チーム内で以前から慢性的に行われていた可能性が否定できないから、そのチームを出場させてはならない。
・フェアプレーを信条とする高校野球の精神を踏みにじったのだから出場させるべきではない。
・城東高校側が自ら出場辞退を申し出ているのだからその意志を尊重すべきである。


 城東の2回戦出場を認めた高野連の判断は、直接の不正行為者である副部長とその上の部長にすべての責任を取らせる、という個人を罰した形をとっている。
 それに対して、城東の出場停止を求める側は、副部長の不正行為が与えた社会的影響を重く見ており、選手を含めたチーム全体に責任を取らせるべき、という意見である。
 確かに、これまでの高校野球は、つねにチームプレーの和を軸にしており、指導者と選手は一体のものとして扱われてきていた。
 しかし、罪を犯したのは個人であれば、罰を受けるのはあくまで個人だけである、というのが一般社会でのルールである。家族の誰かが一人で強盗をしたからといって、家族全員が刑務所に入るようなことはありえないのだ。
 城東の不正行為も、選手は決して共犯者ではない。
 そういう意味で、今回の高野連の判断は、罪のない選手たちを救うものであり、続く試合への出場機会をむやみに奪い取らなかったことは英断と言えるだろう。
 ただ、この不正行為発覚により、選手たちは、過剰なほどの社会制裁とプレッシャーをかけられることになった。一部の観客は、ブーイングを浴びせるだろう。
 こうなった原因は、マスコミの激しい煽り方にある。彼らの取材攻勢がまだ高校生である選手たちの心を痛めつけている。不正行為への処遇にとらわれすぎて、そのあたりが見逃されてしまっているのではなかろうか。


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