若きカリスマの必要性  〜堀江貴文がプロ野球界に残したもの〜

山犬
 
 1.忘れられつつあるプロ野球界の変革と堀江貴文 

 堀江貴文に続いて、村上世彰も逮捕された。時代の寵児ともてはやされた2人は、やはり寵児だった。
 短期間で成長しすぎた彼らは、自らの巨大化した体を支えきれず、自滅の道を歩んでしまうことになったのである。

 彼らが飛ぶ鳥を落とす勢いだった頃、彼らを持ち上げていたマスコミは、彼らが逮捕されると一斉に手のひらを返したように批判の急先鋒となった。国民の多くも、彼らを新しい価値観を持った英雄と称えていたのを、単なる犯罪者扱いするようになった。
 あのときは冷静さを失っていたのか。そんな質問は、もはやする必要もないだろう。マスコミも、多くの国民も、大抵の場合において冷静さを失っている。今が冷静さを取り戻しているのかと言えば、それもノーと答えざるをえないだろう。新しいやり方で大金持ちになったから偉い、犯罪を犯したから悪い、という単一の価値観に流されているにすぎないからだ。
 そういう極端な論理に走った方が人心をつかめ、視聴率の向上につながる。結局、マスコミの行き着く先は、そこなのである。
 
 僕がここで論じようとしているのは、日本の社会において堀江、村上両名がどのような役割を果たしたかというところではない。
 村上世彰が逮捕されたことによって世間は、村上ファンドに対する批判一色になってしまった。言うまでもなく、マスコミがこぞってその方向で報道し、批判専用のコメンテイターしか現れなくなったからだ。そして、堀江貴文を語る機会は、極端に減り、そのことによって2004年に起こったプロ野球界の変革も今や忘れられつつある。
 だからこそ、堀江貴文が成し遂げたことを再認識しておきたいのだ。


  2.プロ野球混乱期に登場した救世主
 
 堀江は、2004年6月30日、突如として表舞台に登場し、近鉄バファローズの買収に名乗りを挙げた。彼は、ライブドアというインターネット関連企業の社長だった。
 ライブドア?何の会社?
 それが僕の第一印象だった。それまで僕は、この会社名を一度たりとも聞いた覚えがなかった。近鉄や読売、ヤクルトなどと違って、一般的には馴染みのない会社だったのだ。ライブドアは、元々オン・ザ・エッジという会社だったのを2002年にライブドアという会社の事業譲渡によって、会社名もそれに変えていた。
 つまり、ライブドアとしての事業はわずか2年の実績しかなかった。近鉄を買ったところで年間40億円とも言われる赤字を解消し、黒字にできるかどうか確証はない。
 ライブドアとしても、これは、大きな挑戦だったのである。
 プロ野球選手会とプロ野球ファンは、このライブドアにすべてを賭けた。球団数を削減しての1リーグ制移行を進める巨大な権力に対抗するには、それ以外になかったからである。

 ライブドアに対する過度な期待に、おそらく堀江は、戸惑ったことだろう。これだけ、プロ野球ファンがプロ野球界のことを愛しているとは予想しなかったにちがいない。特に堀江が大阪ドームへ近鉄戦を見に行って以降、堀江は、お茶の間の人気者となった。その行為は、堀江自身が想像した以上に時代をつかんでしまったのだ。
 堀江も、もはや他にとる道は残されていなかった。
 本来、堀江は、買収するのがプロ野球の球団でなくてもよく、プロ野球選手会は、堀江でなくてもよかった。だが、いったんプロ野球界の混乱期に足を踏み入れてしまった堀江は、ライブドアを率いてプロ野球界の救世主となる宿命を背負わされたのである。

 僕の推測では、堀江は、熱狂的なプロ野球ファンではなかった。それは、彼がどのチームのファンであり、どの選手を応援しているか、または応援していたか、ということに一切触れなかったからである。また、近鉄の選手たちのプレーのひとつひとつについて熱く語ることもなかった。
 元はと言えば、堀江は、球団数を削減しての1リーグ制への移行に猛烈に反対するところから近鉄買収に乗り出したわけではない。
 あくまで、堀江は、自らの事業拡大のために近鉄買収を計画したのである。ビジネスとして近鉄の価値を認めたということだ。
 それがうまい具合にプロ野球選手会の目指す方向と一致した。そして、近鉄ファンの生の声を聞いた堀江は、彼らの熱い想いを知ってしまったのである。
 その後、堀江は、プロ野球ファンのために精力的に近鉄買収、それが不可能となると新球団を立ち上げての新規参入へと走り続けてくれた。
 その姿は、僕の目にも、プロ野球界の救世主に映った。いや、堀江は、確かにプロ野球界の救世主だったのだ。


  3.救われたプロ野球界と堀江の苦悩

 今思えば、当時、堀江は、ライブドアの事業利益と世間の期待とのギャップに苦しんでいたことになる。
 ライブドア本体の事業は、決して好調と呼べるものではなかった。
 堀江は、近鉄買収、そして、新規参入へと意欲を見せ続ける過程でライブドアが順調に利益を拡大していることを示さねばならなかったのだ。
 それだけの勢いを見せなければ、ライブドアは、老舗とも言える名のある大企業が集まるプロ野球界に入り込む糸口を見出せなかったからである。
 必ずしも順調ではなかったライブドア本体は、どうしても背伸びが必要だった。他のグループ企業との合算によって、すべてが順調であるかのように、世間に見せつけなければならなかったのだ。そういったことがどうやら粉飾決算に当たると一般的には解釈されているようである。他の犯罪に比べれば、些細な過ちと僕は感じてしまうので、株式暴落騒動から上場廃止という転落は惜しまれてならない。
 プロ野球界の救世主となるために堀江が取った一連の行為がプロ野球界を救ったが、その反動で後に背伸びが粉飾決算と判定されて、彼自身の悲劇を生んだ。
 僕は、世間の期待に応えるために強気に走り続けざるをえなかった堀江の苦悩が思いやられて、余計に悲劇を感じるのだ。

 もし堀江がいなかったらどうなっていたのか。近鉄買収に堀江が名乗りを挙げなければ、プロ野球界は、おそらく1リーグ制に縮小という道をとっていただろう。
 そして、新規参入が話題になることもなく、おそらくは楽天が名乗りを挙げることもなかっただろう。
 楽天の新規参入がすんなりと決まったのは、堀江のライブドアという存在があったからである。最初から楽天とライブドアのどちらが新規参入できるか、という議論になったからである。
 もし、楽天だけが名乗りを挙げていたとしたら、新規参入というもの自体を認めるべきか、認めないべきかという議論が起こり、現状維持という消極的な流れで進んだ可能性が高い。

 30代に入ったばかりという堀江の若さは、若い国民からカリスマとしての支持を受け、資金力がすべてという一貫した理念も、古き強大な権力に対抗できる有力な手段として賞賛を浴びた。そして、自ら進んでライブドアの広告塔として積極的にメディアに登場し、プロ野球選手会の古田敦也とともにプロ野球改革の先頭に立った。
 そんなカリスマの突出した行動力は、連動するように通常はありえない事態を招いた。まずは、球界の盟主として君臨してきた巨人の渡辺恒雄オーナーがスカウトによる金銭授受問題の責任を取って辞任し、第一線から身を引くことになった。すると、パリーグで西武黄金時代を作り上げた堤義明オーナーが株式保有比率の虚偽報告の責任をとって辞任する。さらに横浜の砂原幸雄オーナー、阪神の久万俊二郎オーナーまでもスカウトでの金銭授受の責任を取って辞任という事態となったのである。それは、いやがうえにも時代の流れを印象づける出来事でもあった。
 堀江の台頭は、旧態依然としたプロ野球界に新しい風を吹き込み、古い体質までも根こそぎ壊して行ったのである。


 堀江ほど一貫した理念で押し通す人物は、他にいなかったし、ここまでの行動力を持った人物も他にいなかった。堀江は、プロ野球界へ疾風の如く現れ、そして、多くの国民を巻き込んだ風を起こして去って行った。まさにプロ野球界における織田信長のような存在であった。


 4.若きカリスマの台頭を願う

 今、日本のプロ野球は、騒動の時を経て安定期に入ったようである。WBCで日本が世界一になったことで、多くの国民がプロ野球の面白さを再認識できた。セパ交流戦も軌道に乗りつつある。
 だが、日本のプロ野球人気は、相変わらず停滞している。それは、巨人の低迷に大きな要因があるのではないか、と以前論じたが、その他にも要因はある。
 若きカリスマが存在しないことである。
 プロ野球人気が隆盛するときは、必ずと言っていいほど、若きカリスマがいる。1980年頃から見ても江川卓、掛布雅之、清原和博、桑田真澄、野茂英雄、新庄剛志、イチロー、松井秀喜、松坂大輔と生まれてきた。
 だが、今、その若きカリスマがいるかと言われると疑問符をつけたくなる。

 サッカー日本代表は、2006年W杯で惨敗とも言える結果に終わったが、そのメンバーを見ていて感じたのは、若きカリスマの不在だった。あまりも20代後半に偏った日本代表の構成は、10代後半から20代前半の何をしでかすか分からない粋のいい若手の不在と30代半ばの経験豊富な世代の不在がバランスを奪っているように思えた。

 そういう意味で、堀江は、30代に入ったところという経営者としては若きカリスマだった。そういう若きオーナーが不在のプロ野球界には、あまりにも新鮮に映った。彼が歩んだ球団買収表明、新規参入参戦という常識を覆す道のりは、21世紀に入ってからの日本で最も大きなインパクトを国民に与えたのではないか。

 若きカリスマが現れると、それまで停滞していた世界が反転したように大きく変動する。球界のプリンス新庄剛志が引退を表明し、シーズン210安打で一躍スーパースターになったイチローは、大リーグのスーパースターとなり、王貞治に迫る勢いで本塁打を量産していた松井秀喜も大リーグへ舞台を移した。松坂大輔も、そろそろ中堅の年代となり、大リーグ移籍もささやかれるようになった。
 次なる若きカリスマが現れなければ、プロ野球人気の停滞は、長引くことになってしまう。プロ野球界は、堀江の登場があまりにも華々しかったために、それを上回る若きカリスマの出現がしにくくなっている。
 だが、常識を覆してくれる若きカリスマ選手が近いうちに現れてくれなければ、プロ野球の飛躍はままならないことも確かなのである。



(2006年6月作成)

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