FA資格取得期間短縮は選手にマイナスだ
〜FA移籍が招いている選手への悪影響〜
犬山 翔太
 
 1.FA資格取得短縮案

 2008年4月14日、日本プロ野球組織(NPB)が次のようなFA資格取得期間短縮案を発表した。

・2007年秋のドラフト会議以降に入団した大学生・社会人:7年
・2007年秋のドラフト会議以降に入団した高校生:8年
・既存選手:8年
 ※1年あたり出場選手登録145日


 いずれも、現行の9年から短縮となる。海外移籍については現行通り9年のままである。
 FA(フリーエージェント)制度は、1993年に始まり、2007年までに50人を超える選手が他球団へ移籍している。この制度が始まるまでは、多くの名選手が1球団での終身雇用であり、球団の看板選手が全盛期に他球団に移ることはほとんどなかった。
 だが、このFA制度の開始を契機に、生え抜きで現役を終える選手と移籍して現役を終える選手の割合が逆転することになった。
 そのため、広島やオリックスといった球団は、多くの看板選手をFAによって放出し、生え抜きで引退する名選手がほぼ壊滅状態に陥りつつある。

 日本プロ野球選手会の強い要望により、日本プロ野球組織が譲歩してFA資格取得期間短縮が現実化しつつあるが、この短縮が選手に好結果をもたらすのかと問われれば、私は、疑問符を付ける。
 なぜなら、FA宣言で他球団に移った選手が成功と呼ぶに値する結果を生んだ例が非常に少ない印象が強いためである。
 FA移籍して成功と呼ぶならば、移籍前以上の成績は残せないまでも、それと同等、もしくはそれに近い成績を残していなければならない。だが、そうした選手は、私には数えるほどしか思い当たらないのだ。
 FA資格取得期間短縮で多くの選手がFA資格を得られるようになれば、FA移籍する選手も増加する。
 そうなったら、どのような事態が訪れるのか。そのときまでに、過去にFA移籍した選手たちの成績を詳しく見直して、選手たちにとってFA移籍が果たしてプラスになるのか見極めておきたい。


 2.FA移籍選手の移籍前と移籍後

 1993年オフのFA制度創設以来、毎年数人の一流選手がFA宣言を行って他球団に移籍している。
 もし最短7年となる短縮案が現実となれば、毎年10人以上の選手がFA宣言をすることが予想できる。
 だが、FA宣言は、自らの好きな球団、高評価をしてくれる球団へ移籍できる反面、常に高い危険を伴うことも忘れてはならない。
 私は、FA移籍した選手の移籍後の成績に悪い印象が強かったため、1994年から2004年までの間にFA移籍した選手をまとめ、移籍前後3年間の成績がどのように変化したかを調査してみることにした。
 結果は、次の通りである。

野手のFA移籍(1994年〜2004年)
FA年
(オフ)
選手 移籍元(3年) 打数 安打 打率 本塁打 打点 結果
移籍先(3年)
1993年 松永浩美 阪神 1260 382 .303 24 146
ダイエー 1004 271 .270 14 89
駒田徳広 巨人 1452 424 .292 53 169
横浜 1509 438 .290 29 197
落合博満 中日 1154 352 .305 76 227
巨人 1222 362 .296 53 219
石嶺和彦 オリックス 1491 402 .270 63 230
阪神 816 194 .238 28 118
1994年 広沢克己 ヤクルト 1528 426 .279 76 252
巨人 965 245 .254 46 152
石毛宏典 西武 1252 364 .291 34 151
ダイエー 143 27 .189 1 12
金村義明 近鉄 743 197 .265 24 90
中日・西武 243 59 .243 4 37
1996年 田村藤夫 ロッテ 648 132 .204 7 55
ダイエー 25 6 .240 0 2
清原和博 西武 1346 351 .261 82 241
巨人 1109 280 .252 68 221
1997年 中嶋聡 オリックス 729 175 .240 6 71
西武 443 98 .221 4 49
1999年 江藤智 広島 1305 346 .265 83 236
巨人 1356 355 .262 80 234
2000年 新庄剛志 阪神 1396 354 .254 48 170
メッツ・SFジャイアンツ 876 215 .245 20 100
2001年 谷繁元信 横浜 1320 355 .269 40 165
中日 1221 299 .245 60 215
片岡篤史 日本ハム 1334 366 .274 52 222
阪神 847 214 .253 26 108
田口壮 オリックス 1486 410 .276 25 147
カージナルス 248 72 .290 6 40
2002年 松井秀喜 巨人 1455 477 .328 128 319
ヤンキース 1836 545 .297 70 330
金本知憲 広島 1508 452 .300 84 267
阪神 1612 502 .311 93 315
2003年 村松有人 ダイエー 894 259 .290 6 89
オリックス 1219 357 .293 9 109
松井稼頭央 西武 1721 542 .315 93 247
メッツ・ロッキーズ 970 258 .266 13 94
2004年 大村直之 近鉄 1579 460 .291 29 142
ダイエー 1546 453 .293 15 139
稲葉篤紀 ヤクルト 1145 306 .267 39 114
日本ハム 1414 433 .306 58 216

投手のFA移籍(1994年〜2004年)
FA年
(オフ)
選手 移籍元(3年) セーブ 結果
移籍先(3年)
1994年 工藤公康 西武 37 15 0
ダイエー 31 26 0
川口和久 広島 23 33 0
巨人 8 13 4
山沖之彦 オリックス 12 8 0
阪神 0 0 0
1995年 河野博文 日本ハム 21 21 0
巨人 9 2 4
仲田幸司 阪神 10 20 0
ロッテ 0 1 0
1997年 吉井理人 ヤクルト 33 20 0
メッツ 24 31 0
山崎慎太郎 近鉄 21 29 0
ダイエー 4 6 0
1998年 木田優夫 オリックス 13 18 25
デトロイトタイガース 6 4 5
武田一浩 ダイエー 32 27 0
中日 15 22 0
1999年 工藤公康 ダイエー 29 17 0
巨人 22 16 0
佐々木主浩 横浜 5 2 102
マリナーズ 6 14 119
星野伸之 オリックス 31 27 0
阪神 8 13 0
2000年 川崎憲次郎 ヤクルト 32 31 0
中日 0 0 0
2001年 前田幸長 中日 11 14 1
巨人 11 7 4
加藤伸一 オリックス 20 18 1
近鉄 8 10 0
小宮山悟 横浜 27 30 0
メッツ・ロッテ 3 7 0
2002年 若田部健一 ダイエー 25 23 0
横浜 1 2 0
2003年 高津臣吾 ヤクルト 2 9 103
ホワイトソックス・ヤクルト 9 8 40
2004年 藪恵壹 阪神 24 18 0
アスレチックス 4 0 1

 表の右端の結果については、私が独自の判断で↑(上昇)、→(現状維持)、↓(低下)としている。
 この結果を集計すると、野手では上昇が3人、現状維持が5人、低下が13人である。そして、投手でも上昇が1人、現状維持が2人、低下が16人である。これは、思っていた以上に悪い結果であり、FA選手の大半が高年齢であることをさしひいても、あまりにもむごい結果である。
 FA移籍の数少ない成功例と言える金本知憲や稲葉篤紀の華やかな活躍によって、FAは、ときに魅力的に映ることもあるが、その一方では多くの選手が選手生命を縮める結果を招いている。中には移籍前の成績からは、想像できないような成績にまで落ち込んだ選手も多く、FA移籍が持つ危険の大きさを示してくれる。
 同一球団にとどまっていれば、大打者、大投手として見事な通算成績を残したのではないかと思われる選手たちが、FA移籍によって尻すぼみの寂しい現役生活末期を迎える例が多々あることが私には残念である。


 3.FA資格取得短縮は球団にも選手にもマイナス

 FA移籍がどうしてここまで、選手たちの成績悪化を招くかと言えば、かなり多様な要因が考えられる。

 @他球団の環境、異なる生活環境への不適応
 A過度な期待からの空回り、無理をしての故障
 B少しの不調により、スタメンを外される待遇の悪化
 C年齢による衰え


 私が思い当たるのは主にこの4つの要因である。
 まず@は、慣れ親しんだ球団から他球団へ移ることでチームの方針、指導、練習、チームメイトなどが変わる上、生活拠点も変えなければならない。さらに他リーグ、海外へ移るとなると、打者であれば全く未知の投手、投手であれば全く未知の打者との対戦が飛躍的に増える。そこで1年目から好成績を残すのは、極めて困難である。
 さらにAは、FA移籍をすることで注目度が上がり、周囲が騒がしくなって、実力以上のものまで求めれることもある。ゆえに、何としても実績を残さなければならない焦りから、空回りによる不調、あるいは無理をしすぎて故障を招くといった例も後をたたない。
 また、BにあるようにFA移籍した選手は、球団生え抜きの選手と違って扱いが粗略になることが多い。そのため、いったん成績が落ちてしまうと、持ち直すことができずに、控え選手となり、そのまま引退に追い込まれるケースが多い。巨人ではFA移籍してきても、翌年には別のFA移籍選手が入ってきて、控えに追いやられるという非常にもったいない起用をされることもある。生え抜きの名選手が大事に起用されて通算2000本安打を達成できても、FA移籍した名選手は出場機会が減少して達成できないという差も生まれてしまうのである。
 こうした要因がCで挙げた年齢による衰えをいっそう早める結果を生んでいると考えることも可能である。本来は、もっと緩やかに進行していくはずの衰えがFA移籍によって加速してしまうわけである。

 FA資格取得が最短で7年にまで短縮となって、こうした要因がどれだけ改善できるかだが、大きな効果はあまり期待できそうにない。選手によっては、さらに選手生命を縮めてしまう結果を生むのではないかという懸念さえある。
 FA資格取得短縮は、プロ野球選手会の強い要望ではあるが、FAによって最終的に恩恵を受けるのは、他球団へ移籍しても同等の成績を残し続けられるごく一部の超一流選手だけなのである。
 その一方で、大抵の選手は、長い目で見ると、FA移籍によって損をしていると言わざるを得ない。FAによって選手を失う球団も、同じである。それだけでなく、FAによって選手を獲得ばかりしている球団は、若手の活躍の場が失われ、若手が育たないという弊害も出る。

 そういう制度であるがゆえに、プロ野球選手会も、FA資格取得短縮には、これ以上こだわらない方が得策である。ごく一部の超一流選手だけが得をして、その他大勢が損をする制度は、政治の世界なら批判の的となる。プロ野球選手会が超一流選手を含む一流選手を中心に構成されている弊害が出てきているのである。
 それよりは、大リーグのような年金制度の確立に力を入れた方がいい。現状では、日本のプロ野球は、退団選手に対する年金が少額で受給資格獲得が10年と長いうえに、2012年には廃止の予定である。大部分の選手が充実を求めるべきは、選手時代の名声よりも、むしろ退団後の生活であるべきである。
 確かに、一流選手がさらなる高みを目指して、また、富と名声を手に入れるために、FA移籍することは、プロ野球ファンに夢を与える場合もある。日本人が大リーグで記録的な活躍をして世界に認められるのを見られるのは、日本人の誇りもある。
 しかし、ただ超一流選手のためだけの制度を強く推し進めることが招く弊害を見逃したまま、むやみにFA取得期間を短縮することは大部分の選手にとってマイナスなのである。





(2008年5月作成)

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