【追記】
 2008年1月7日、広島は、FAで放出した新井貴浩の人的補償として、阪神から赤松真人を獲得した。赤松は、俊足の外野手で2007年には1軍で8盗塁を決めている。2軍では26盗塁を決めてウエスタンリーグの盗塁王となっている。しかし、打撃は1軍で打率.154、3年間の通算でも打率.151であり、新井の人的補償として広島が大幅な戦力ダウンを防げるとは思えない。
 
 しかし、西武は、FAで放出した和田一浩の人的補償として中日から岡本真也を獲得した。岡本は、2007年、1軍でチーム最多の62試合に登板し、5勝2敗38ホールド、防御率2.89という成績を残している。岡本は、落合監督就任時からセットアッパーの1番手として活躍し、2004年には最優秀中継ぎ投手に輝いた。2007年もホールドポイントは、阪神の久保田、ウィリアムスに次いでリーグ3位である。
 それほどの投手が28人のプロテクトから外れること自体、予想外だった。プロテクトが仮に20人だったとしてもその中に入るだけの活躍をしてきた投手なのだ。これは、現場側の判断だという。逆に、岡本獲得によって西武は、大幅な戦力ダウンを防ぐことが可能になった。

 推察すると、中日の落合博満監督は、FA制度の現状を憂慮して、FAを使いながらも限りなくトレードに近い形でまとめたかったのではないか。
 かつて自らがFA宣言し、FA制度は強固となったものの、選手の流出によりチーム構成もままならない球団も出てきてしまった。球界の内情を考慮するならば、FAで獲得する球団もそれなりの補償が必要ではないか。西武の主砲クラスを引き抜いたのだから、西武が必要とする中日ナンバー1セットアッパーと交換しようと。
 幸い、中日は、有望な若手投手が育ちつつあり、岡本が抜けたことによって、若手にとっては目の前にチャンスができた。つまり、岡本放出は、落合監督の若手投手に対する無言のゲキでもある。
 西武側にも中日球団内にも配慮が行き届いたFAである。こうした形は、おそらく初めてであり、今後のFAのあり方に一石を投じたとも言えるだろう。
                   2008/02/09 犬山 翔太


FA制度にプロテクト緩和を
 〜四番打者とエースが抜ける広島の危機〜


犬山 翔太
 1.エースと四番打者が流出する広島

「エースと四番がいれば、チームは、何とか機能する」
 これは、野村克也監督が阪神監督時代から口癖のようにつぶやく言葉である。
 野球において、チームの総合力は、重要である。実際、エース級投手5人と四番打者5人を集めても、優勝できるとは限らない。だが、優れたエースと不動の四番打者がいないチームが優勝することもほぼ不可能に近い。
 2007年で言えば、日本一になった中日には川上憲伸というエースがいて、タイロン・ウッズという四番打者がいた。パリーグを制した日本ハムではダルビッシュ有というエースがいて、セギノールという四番打者がいた。
 エースと四番打者が攻守の軸として、その絶大な存在感で強いチームを成り立たせるという考え方は、理にかなっている。

 監督として野村が必要としているのは、1人のエースと1人の四番打者である。野村にとって、阪神監督時代は、優れた四番打者を獲得してもらえないというジレンマに苦しみ、成績低迷から抜け出せなかった。
 楽天でも、まだ絶対的なエースと信頼できる四番打者の確立には至っておらず、優勝には至っていない。
 野村は、エースと四番打者が確立してこそ優勝を狙える、という理論を持つ以上、それ以外の投手、野手は、自らが適材適所に育て上げることができるとの自負もあるのだ。

 野村の理論をそのまま適用すれば、2008年の広島は、全くチームとして機能しない危機に陥ることになる。
 なぜならば、広島で長年エースとして活躍してきた黒田博樹がFA宣言(フリーエージェント宣言)をしてアメリカ大リーグのロサンゼルス・ドジャースへ移籍し、不動の四番打者として活躍してきた新井貴浩もFA宣言をして阪神に移籍することになったからである。
 黒田博樹は、2007年に絶対的なエースとして12勝8敗の成績を残し、その前年には防御率1.85で最優秀防御率に輝いた日本を代表する投手である。
 一方、新井貴浩も、2007年に不動の四番打者として打率.290、28本塁打、102打点の活躍を見せた。2005年には43本塁打を放って本塁打王に輝いた日本球界屈指のスラッガーである。
 しかし、広島の2007年の成績は、60勝82敗で22の借金を背負って5位。最下位とはわずかに1ゲーム差である。打撃では得点力がリーグ5位、投手ではチーム防御率がリーグ最下位。
 ここでチーム1位の本塁打数、打点を誇る打者とチーム1位の勝ち星、防御率、奪三振数を誇る投手が抜ければ、どうなるのか。
 自ずと答えは、見えてくる。では、果たして広島にこの状況を打破する方策はあるのだろうか。


 2.制度に苦しめられ続ける球団 

 新井が抜けた後の四番打者は、幸い25歳の栗原健太が2007年に打率.310、25本塁打を放って頭角を現してきている。
 投手でも、大竹寛が2007年に9勝を挙げてローテーションを1年間任せられるようになってきた。
 しかし、彼らは、既にいた選手であり、前年と戦力を比較すれば、新井と黒田の成績を補えるわけではない。
 新井と黒田に匹敵する戦力を補強、もしくは新たに出現しないことにはチームにできた穴は埋まらないのである。端的に言えば、広島は、四番打者とエースが抜けた状態で即座に自力でチーム力を回復するのは不可能なのだ。

 広島が何故それほどまでの危機に陥るか。
 それは、1990年代に入ってから広島にとっては不利な環境がずっと続いているからである。
 広島は、プロ野球界で唯一親会社を持たない市民球団として誕生し、創設当初は資金難とチーム力の弱さから幾多の解散危機を経験しながら地道に選手を育て上げる。そのかいあって、1975年にはついに初のリーグ優勝を果たす。
 そして、1980年代にはリーグ2連覇。1975年から1991年までの間にリーグ優勝6回を誇る球団となったのだ。
 しかし、1991年のリーグ優勝を最後に、広島は、優勝から遠ざかる。1998年から2007年まで10年間、Aクラスに入ることすらできない状態が続いている。

 広島が優勝できなくなったのは、日本のプロ野球界でFA制度とドラフト逆指名制度が始まったのと期を一にすると言っていい。FA制度も、ドラフト逆指名制度も、1993年に創設されたからだ。
 この2つの制度改革により、プロの一流選手やドラフトの目玉選手が人気球団や資金力豊富な球団に集中するようになる。具体的には、巨人やダイエー(現ソフトバンク)が大物選手を数多く獲得していくようになり、制度の恩恵を受けて優勝を重ねた。
 一方で、資金力に劣る広島には、選手が抜けて行く一方で、入ってこなくなってしまったのである。
 特に顕著なのがFA制度による移籍で、巨人が1993年から2007年までの間に12人もの選手を獲得しているのに対して、広島は0人である。そして、放出選手は、巨人が3人なのに対して広島は5人である。
 ここまでの格差ができて、果たして現在のFA制度は、優れた制度と言えるのだろうか。

 さらに近年では、一流選手の大リーグ移籍が当たり前のようになったことで、ますます日本の小球団には不利な状況が出来上がった。なぜなら、大リーグへのFA移籍に対しては、移籍元球団に何の補償もないからである。それゆえに移籍元球団は、選手がFA制度を取得する前にポスティング制度(入札制度)によって1年から数年早く選手を放出せざるを得ない危機に直面しているのだ。

 新井の阪神入団決定を受けて、広島は、阪神に対して人的保障を求める方針を示唆している。
 野球協約第205条の(2)には次のような条文があるからだ。

(2)選手による補償は、当該FA宣言選手と選手契約した球団が保有する支配下選手のうち、外国人選手および同球団が任意に定めた28名を除いた選手名簿から旧球団が当該FA宣言選手1名につき各1名を選び、獲得することができる。

 人的補償を利用した場合、金銭による補償は減ってしまうのだが、それでも選手を補充しないとチーム力の低下を食い止められない状況に追い込まれているのだ。
 広島は、さすがに今回の状況では、人的補償による阪神選手の獲得を示唆している。そうなると、広島が人的補償で獲得する選手は、新井以上に重要な役割を担うことになる。


 3.人的補償のプロテクト緩和を

 人的補償の「外国人選手および同球団が任意に定めた28名」は、プロテクトされた選手として人的補償の対象とならない。そうなると、基本的には32名の選手が人的補償対象外となるわけである。
 ここで定められている28名は、一軍出場登録人数と同数なので、おそらくはそれを基準としていると思われる。

 この28名という人数が多いか少ないかと問われればば、私は、多いと言わざるを得ない。なぜならこの規定では、二軍の選手しか獲得できないということになってしまうからである。
 FA宣言による移籍で、しかも見返りに人的補償を求めるのは、チームの中心選手を失ったときである。なのに、四番打者を失って、二軍の選手しか手に入らないという現状に、私はかなり不満足である。

 私は、ここをもう少し改善する必要があると考えている。せめて16名くらいにまで減らすことは可能ではないか、と。
 その内訳としては野手(打者)としてのレギュラー8名、そして投手としてはローテーション用に先発5名、中継ぎ2名、抑え1名の計16名である。野球協約では外国人選手は28名の中に含めていないが、私は、外国人選手が規定打席、もしくは規定投球回に達していれば、日本人と同等の扱いとして、彼らを含めて16名までとしたい。
 ここまで絞り込めば、ポジションが重複して出場機会に恵まれないレギュラークラスの選手を獲得することが可能になるからだ。

 広島は、金本知徳が2002年オフにFA宣言で阪神に移ったとき、金銭による補償のみを受けた。このときは、チーム成績がリーグ5位とはいえ借金8で四番打者候補が新井貴浩、前田智徳、緒方孝市、シーツと複数存在するというチーム事情があった。
 しかし、新井貴浩がFA宣言した2007年オフの場合、抜けた穴を埋めるだけの充実した戦力が整っていないのである。さらにエースの黒田も抜けるとなると、チームとして成り立たなくなる危険をはらんでいる。

 それは、選手の海外流出が進んだ近年、より深刻となってきている。1993年から2000年まではFA宣言で国内球団への放出で金銭補償が20人、人的補償はわずかに1人だった。
 しかし、2001年から2007年までの間は、金銭補償が8人、人的補償が7人と均衡しつつある。2007年オフは、ヤクルトからFA宣言した石井一久投手の人的補償として福地寿樹外野手がヤクルトに入団した。まだ未定ではあるが、新井貴浩と和田一浩に人的補償が成立した場合、人的補償は9人にまで増える。
 その状況から、近年は、多くの球団が1人の中心選手が抜けることによって、深刻な戦力ダウンを被ることが見て取れる。地道に育てた選手が急に抜け、また新たに育てていくには1年や2年では難しいことも明らかだ。
 
 選手が抜けた球団の危機を救うためには、まず人的補償を充実させることが先決であり、プロテクト選手を16名とはいかないまでも、28名からかなり減らす必要がある。
 そして、FA宣言によるメジャー移籍に対する国際規則の整備が必要である。現状の補償が何もない状況が続けば、日本のプロ野球界は、海外に対して常に損失を被っているだけとなる。FA宣言で海外の球団へ移籍する場合も、日本と同様、金銭による補償および人的補償を定める必要がある。
 ドラフトで獲得した選手を地道に育て上げてチームを作り上げる広島のやり方は、プロ野球球団本来の正当なあり方ではあるが、育て上げた選手の放出に対する見返りがあまりも少ないという現状は、やはり規則によって何らかの救済をすべきなのである。




(2008年1月作成)

Copyright (C) 2001- Yamainu Net 》 伝説のプレーヤー All Rights Reserved.


inserted by FC2 system