作り出される英雄 〜マスコミと試合の狭間で〜
山犬
  
英雄は、作り出される。
 2002年の日本シリーズでは、太腿の故障に耐えながら出場し、2ホーマーを放った清原和博をマスコミは最大の英雄として扱った。
 確かに彼は、素晴らしい活躍をしたが、それ以上の活躍をしたのは二岡智宏であり、MVPに選ばれたのも二岡だった。
 清原は、マスコミが育て上げた圧倒的な存在感でMVPの二岡を食ってしまうほどの英雄となった。そんな清原も、1999年には不調と故障でV逸のA級戦犯というレッテルをマスコミに張られていた。勝手なものである。
 そういう状況はあらゆるスポーツの世界で日常的に作られている。

 W杯でドイツ準優勝の立役者となり、MVPを獲得したオリバー・カーン。彼は、勝ち進んでいく中で、英雄に祭り上げられた。
 キャンプ地入りしてからも一日も休まずに練習に明け暮れる姿勢。そして、趣味で株式投信をするインテリぶり。子供たちとサッカーをしたときも本気でゴールを守り、1つもゴールを許さなかった伝説……。
 カーンは、W杯で準決勝まで神業を連発し、ドイツを決勝にまで導いていった。マスコミは、ドイツをカーンのチームと位置づけて、カーンを集中的に取り上げる報道に出た。ゴールキーパーをここまで祭り上げるのは異例のことであった。それは、ドイツが組織力で戦うチームであり、フランスのジダンやブラジルのロナウドのように攻撃で活躍するスーパースターがいなかったことも一因だろう。
 ともかく、カーンは、W杯期間だけで瞬く間に英雄となり、絶大な人気を得たのである。
 マスコミは、常に英雄を作りたがる。とにかく一つの目立つプレーでもしたら、彼らはその選手をヒーロー扱いする。
 試合ごとにヒーローインタビューが行われるのもそのためだし、大会では必ずといっていいほど、MVPという賞が設けられる。
 活躍した選手が英雄として輝くための場所があらかじめ設定されているのである。
 カーンは、それに向かって突き進んでいた。決勝では2ゴールを許して敗れたものの、試合後、自らのミスを責めてゴールポストにもたれてうずくまる姿は人々の感動を呼んだ。
 これも、完璧に演出された報道だった。テレビは、負けたドイツの象徴としてカーンだけを追い続けた。致命的なミスを犯したにも関わらず、マスコミはカーンをかばった。その結果、カーンは、たった一つのミスのせいで優勝を逃した悲運の英雄として世界に報道されていったのである。
 W杯MVPとなったカーンをマスコミは絶賛し、英雄としての頂点を極めることとなった。ありえないほどの人格と能力とストイックさを兼ね備えた偶像がまた1人作られたのだ。

 その一方でマスコミは、英雄を追い落とすことも好きである。マスコミは、一旦自分たちで作り上げた偶像がそれに見合わないプレーや私生活をしてしまうと潰しにかかるのだ。
 カーンも、例外なくマスコミによって人々の崇拝を集めるまでになって行きながら、今度はそのマスコミから攻撃の嵐を受けることになった。
 引退騒動に始まり、精彩を欠いたプレー、故障、そして故障した日にディスコへ行ったこと、また敗戦後の投げやりな言動。
「もはやドイツ代表としてふさわしくない」
 とまで酷評する記者たちもいるという。
 カーンは、W杯の栄光が人々から次第に忘れられるにつれ、落ちた英雄となっていこうとしている。
 マスコミは、数ヶ月前に絶賛したのと同じ紙面に、今度は非難の記事を躍らせるのだ。それにより、かつてカーンを世界的英雄と称えていた世間の人々も、歩調を合わせるかのように駄目人間扱いしてしまう。
 人の噂は75日と言うが、人の心ほど移り変わりの激しいものはない。選手時代は両雄と称えられた王貞治や長嶋茂雄だって監督として一度は地獄のような扱いを味わっている。
 英雄になってから死ぬまで英雄であり続けた選手など、一人もいない。つまりそれは、作られた英雄をいつまでも演じ続けることなどできないということだ。
 完璧な人間などこの世にはいない。どんな選手であっても怪我やスランプに悩むことはあるし、時には激しい感情を外に出して当り散らしてみたりもする。そして、年をとると並の選手程度に衰えていって引退する。
 英雄も所詮は普通の人間なのだ。
「スーパースターは常に孤独である」
 誰が言ったかは分からないけど、スポーツの世界では良く聞く言葉である。英雄には誰も理解することのできない高いレベルに行き着いてしまったことへの孤独があるだろう。そして、英雄は、作られた英雄のイメージを常に守ろうとしなければならないから孤独な戦いを強いられる。
 そう言い換えることもできないだろうか。
 日々、英雄は作られていく。そして、彼らは、僕たちに夢や希望を与えてくれ、そして時に失望までも与えてくれる。
 僕は、かつて英雄に声援を送ったその口で、その英雄を葬り去るような真似だけはしたくないと思う。英雄を最後まで応援し、その人間臭さを味わうのもまたスポーツの神髄でもあるのだから。


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