大リーグに憧れる時代は終わった

山犬
 
  1.大リーグに集まる世界の有能選手

 藤原正彦は、ベストセラーになった著作『国家の品格』(2006 新潮新書)の中で、学問、文化、芸術などでアメリカを牽引する人材についてこう言及する。
「アメリカはその富と世界一の研究条件に魅せられて流入する、世界の天才秀才たちに支えられているのです。何らかの理由で流入が止まったら、それまでです」
 これは、多くの分野で当てはまる現実であり、プロ野球もまた例外ではない。

 アメリカの大リーグには多くの天才的な能力を持った外国人が流入してくる。野茂英雄、イチロー、松井秀喜に代表される日本人もそうだが、それだけではない。カナダ人、ドミニカ人、プエルトリコ人、キューバ人、メキシコ人、韓国人、ベネズエラ人、オーストラリア人……。
 現在の大リーグ人気を支えている選手たちの多くは、外国から流入してきた天才秀才選手たちなのである。
 もし、彼らの流入がぴたりと止まったら……。
 その答えは、2006年に開催となったWBCの結果が雄弁に物語っているのではないか。

 これまで、大リーグは、日本人のあこがれの存在だった。かつてアメリカ人大リーガーで構成される選抜チームは、世界のどんな国も歯が立たなかった。日本だって、かつては日米野球を開催すれば、いつも完膚なきまでに叩きのめされていたのだ。
 しかし、そんな状況は、変わりつつある。世界中で選手たちの流入流出が活発になり、レベルの差が縮まってきたのである。今や、アメリカ代表のバスケットボールチームやアメリカ代表の野球チームが国際大会で圧勝することはほぼありえなくなったのである。
 それでも、大リーグが人気実力ともにナンバー1の座にあり続けるのは、アメリカ人以外の天才外国人たちがそのレベルを押し上げているからなのだ。
 各国に有能な選手たちがいるのだから、わざわざ大リーグに集まらなくても良いではないか。そう言いたくなるが、今も尚、大リーグに有能な人材が集中してくるのは、藤原風に言えば、世界一の高年俸とハイレベルな攻防を体感できるから、というところだろうか。


 2.日本は野球でもアメリカに追随してきた

 日本の政治は、相変わらずアメリカ頼りである。アメリカとの友好関係が少しでも崩れれば日本の安全は保障されなくなるという点で仕方のないことかもしれないが、アジアに軍事的脅威がある間はずっとアメリカ追随の政治を行っていかなければならないのだ。軍事面に気を配らずに暮らせるようになるのはいつのことか。政治でアメリカと対等の関係を築くのはまだ遠い未来の話になりそうである。

 日本のプロ野球も、アメリカ頼りの歴史は長い。日本のプロ野球球団は、戦力の低下で困るとすぐに有能な外国人選手がいないか大リーグ、そしてマイナーリーグを探し回って、助っ人として連れてくる。
 お金だけで釣って日本へ呼んでくるという契約がほとんどで、決してアメリカの球団と選手を交換するような対等のトレードではなかった。かつては、大リーグで働き盛りの時期を過ぎた元大リーガーや大リーグで出場機会に恵まれずに芽が出なかったマイナーリーガーだけをターゲットにしていたのである。

 しかし、1980年代半ばから状況は少しずつ変わってきた。大リーグで活躍している現役大リーガーが来日するようになったからである。ボブ・ホーナーが有名だが、他にもウォーレン・クロマティやビル・ガリクソン、バンス・ロー、ケビン・ミッチェルなどが来日している。
 そして、1995年の野茂英雄の大リーグ挑戦からようやく流入だけでなく、流出の動きも始まったのである。
 だが、それは、日本人の大リーグに対する憧れからくる流出で、その多くが移籍というよりは挑戦だった。日本では出場機会に恵まれず、なかなか活躍のチャンスがないからアメリカへ行ってひと暴れしてやろう、という流出はほとんどなかった。いや、それは、単に僕が知らないだけで、結構な数の挑戦者がいたのだが、大リーガーにまで登りつめる選手がほとんどいなかっただけなのかもしれない。

 だが、そのほとんどいない中で、一人の選手が頭角を現し、大リーグでローテーション投手を務めるまでになっている。
 大家友和である。


 3.日本のプロ野球で芽が出なかったのに一流大リーガー

 大家は、1994年、京都成章高校からドラフト3位で横浜ベイスターズに入団している。大家のときから、日本で初めてのドラフト逆指名制度が導入され、球団と相思相愛の大学生や社会人はドラフト2位までなら抽選なしで希望球団に入団できるようになった。
 そんな1位、2位が大学生や社会人で埋まってしまう時代に、高校生の大家友和がドラフト3位で指名されているということは、横浜のスカウト陣は、いいところに目をつけていたことになる。
 大家は、1年目から15試合に登板し、1勝1敗1SP、防御率4.18という高卒ルーキーとしてはまずまずの成績を残す。だが、大家が日本でこの年以上の登板機会を与えられることはなかった。
 快速球を持っているわけでもない。針の穴を通すようなコントロールを持っているわけでもない。伝家の宝刀となるほどのウィニングショットを持っているわけでもない。だが、総合的には好投手なのである。
 横浜が日本一に輝いた1998年には1軍でわずか2試合の登板、勝敗には関係なく、防御率9.00という成績が残っている。
 この当時、横浜は、好投手が軒並み全盛期を迎えていた。先発の斎藤隆、野村弘樹、川村丈夫、三浦大輔、中継の島田直也、五十嵐英樹、そして抑えの佐々木主浩。これだけ多くの中堅投手が全盛期を迎えていた横浜では、実力があっても若手に与えられる登板機会が少なくなってしまうのは仕方なかったのかもしれない。
 そういう意味で言うなら、若き日の大家は、ただ運がなかったのである。
 一昔前なら、このまま大家は、2軍の中に埋もれてひっそり引退して行ってしまう存在だったのかもしれない。大家は、1998年までプロ5年間で通算成績1勝2敗、防御率5.65を残していただけの選手なのだ。
 大家は、誤解されがちだが、日本のプロ野球界を戦力外になって大リーグへ挑戦したわけではない。1998年のイースタンリーグで大家は、防御率2.70を記録してイースタンリーグ最優秀防御率のタイトルを獲得している。
 素質はありながら、1軍で出場機会に恵まれないため、自ら自由契約を志願したのである。
 行き先は、アメリカだった。


  4.大家が2006年、日本人最高年俸投手に

 レッドソックスとマイナー契約を結んだ大家は、2Aからのスタートとなった。日本でプロにいたとはいえ、実績はほとんどゼロに等しい大家は、同じ頃にアメリカへ渡った他の一流日本人選手たちと違って、大リーグの試合に出場できるかどうかは全く保障がなかった。
 そんな過酷な状況の中、大家は、2Aで8勝無敗の成績を残すと、昇格した3Aでも3勝無敗で抜け、7月に大リーグ昇格を果たす。
 しかし、そこから大リーグの壁に阻まれ、初勝利を挙げたのは10月1日のリリーフ登板だった。
 その後、大家は、翌2000年に3勝を挙げると、2001年にはエクスポズへ移籍し、2002年には13勝8敗、防御率3.18を残してエース格の投手となった。
 そして、2005年にはシーズン途中でブルワーズに移籍したものの、シーズン通算11勝9敗の成績を残し、5億円を超える年俸を手にするまでになったのである。
 2006年の日本プロ野球界で5億円を超える年俸を手にしている日本人投手はおらず、また大リーグの日本人投手の中にもいない。
 日本で1勝の投手がいつしか日本人投手最高年俸にまで登りつめた。

 大家は、野茂英雄と異なる形で2つの常識を覆した。
 一つ目は、日本プロ野球で好成績を残せなかったのに、一流大リーガーとなったこと。
 二つ目は、マイナーリーグから実力で一流大リーガーへと登りつめたことである。
 野茂は、誰もが認める日本プロ野球の看板選手だった。4年連続最多勝、4年連続最多奪三振など、残してきた実績も群を抜いていた。それだけの実績を残していたからには、いくらレベルが日本より高い大リーグだとはいえ、活躍するのは当たり前のことだったとも言える。無論、当時は、そうは言われておらず、日米通算200勝を達成するまでになるとは誰一人予想していなかったが……。

 しかし、大家は、熱狂的な横浜ファン以外は名前すら知らなかった投手である。
 大家が大リーグに挑戦すると宣言したとき、横浜のチームメイトの中では失笑する者すらいたという。それ以前に日本のプロ野球ファンの中には、日本で戦力外になって大リーグに活路を求めたと思う者もいたくらいなのである。大家が大リーグに昇格することなく、ひっそりと引退していくことが日本人の考える常識だったのである。
 そんな投手が大リーグでローテーション投手として活躍している。それが意味するのは、もはや大リーグに憧れる時代の終焉が近づいてきているということではないか。


 5.日本人選手を放出するなら見合う大リーガーとトレードを

 日本プロ野球は、WBCで可能性がある限り最後まで粘り強く戦い続け、あきらめないという大和魂を世界に見せつけるとともに、各選手のレベルが一流大リーガーと肩を並べるまでになってきていることを証明した。
 僕が見た印象では、投手のスピード、打者のパワー、そして審判の権威は、いくつかの外国より劣ることは否めないが、それ以外のもの、投手のコントロール、投球術、打者のミート技術、走塁や守備の技術においては世界のトップにあると言っても過言ではない。

 それならば、一流日本人選手を放出してばかりいる日本は、あまりにもアメリカに媚び過ぎということになる。
 今、考えてみれば、野茂英雄や長谷川滋利、伊良部秀輝、佐々木主浩、イチロー、新庄剛志、松井秀喜、松井稼頭央、田口壮、大塚晶則、井口忠仁……といった一流の日本人選手を人的な見返り無しに大リーグへ放出してきたのは、何ともったいないことだろうか。
 どうして日本は、政治と同じようにプロ野球でも媚を売る必要があるのか。かつてのように大リーグの当落線上にいるマイナーリーガーや全盛期を過ぎた一流選手を供給してもらう必要がある時代には仕方なかったことは分かる。また、アメリカの進んだ制度や技術を学んで取り入れる必要があった時代であれば分かる。
 しかし、今は、もはや日本のプロ野球は、アメリカに媚びて手助けをしてもらわずとも充分やっていける自立した組織である。
 なのに、一流選手を大リーグに放出してばかりいるせいで弱体化を露出しはじめている日本プロ野球の各球団は、自ら危機を招いているようなものである。まず、対等の立場でアメリカを認識できていないことが最大要因なのだ。
 
 このような状態を続けていれば、大リーグだけが隆盛する時代が訪れてしまう。そうなれば、WBCで見せたような時代錯誤の傲慢さをアメリカは、見せ続けることになるだろう。それだけは、避けなければならない。
 もし、今後、松坂大輔や上原浩治を大リーグに放出するのなら、代わりにペドロ・マルチネスやアレックス・ロドリゲスを日本プロ野球は要求してもいい時代になってきているのではないか。
 そのためには、日本にある外国人枠を撤廃するか、大幅に拡大する必要もあるが、アメリカと日本が対等の関係を築くには、対等の立場で一流選手を交換、あるいは放出、獲得をし合えるべきである。日本の各球団は、目先の金銭を得るために人的に見返りのない放出をすることだけはやめなければならない。でなければ、日本プロ野球は、いつまでもアメリカからマイナーリーグ扱いをされることになるのだから。



(2006年8月作成)

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