ボールカウントの審判コールのアメリカ化は不要だ
〜日本野球界がボール先行カウントに統一していく方針は退化〜


犬山 翔太
 
 1.2010年から日本プロ野球がボール先行コールに変更

 2010年1月25日、日本野球機構の審判部合同会議が行われ、2010年のオープン戦からの審判コール変更が発表となった。
 従来は、「2ストライク3ボール」とコールしていたのを「3ボール2ストライク」と、ストライクとボールのコール順を逆転させる。
 その理由は、野球の国際化のためである。近年、国際大会に出場する機会が増えてきたため、国際大会で使用しているボールを先にコールするやり方を取り入れるのだ。
 しかし、国際化とは名ばかりで、事実上、野球のルールは、アメリカ主導で決められる。アメリカの審判がボール・ストライクの順でやっているため、国際大会もそれに追随している。その流れに日本も乗ったというわけである。

 日本プロ野球機構の方針を受けて、日本アマチュア球界も、プロ野球に追随する形をとった。日本高校野球連盟は、1997年の選抜大会からボール・ストライクの順に切り替えていたが、全日本大学野球連盟・日本野球連盟・全日本軟式野球連盟も2010年からボール・ストライクの順に切り替えることを決めた。
 事実上、日本野球のアメリカ化ではある。

 これまでストライク・ボールの順でコールしてきたのは、日本と韓国だけである。日本は、野球が普及していくかなり初期から独自にストライク・ボールの順でコールしていて、日本の影響を受けて野球が発展した韓国でもストライク・ボールの順でコールしている。
 ここで疑問に感じるのは、規則として決まっているわけでもない習慣を、なぜ日本がアメリカに合わせなくてはならないか、である。
 世界最高峰の野球大会である2009年の第2回WBCで世界一になったのは日本であり、世界2位の準優勝になったのは韓国である。
 むしろ、野球の進化の為には、日本や韓国の習慣に習って、アメリカをはじめとする諸外国がストライク・ボールの順にコールした方がいいのではないか。
 これまで2回にわたって行われたWBCの結果を見る限りでは、その方が自然なのである。


 2.ストライク先行は守備側、ボール先行は攻撃側の視点

 そもそも、なぜアメリカはボール・ストライクの順で、日本は、ストライク・ボールの順でコールするようになったのか。
 野球のルールは、19世紀のアメリカで確立している。1879年にストライクとボールを区別してボールが9球になれば、1塁へ歩くことになった。
それまでは打者が3球空振りすれば三振だが、3球空振りするまでは延々と1打席が続いていたのである。
 それでは試合時間が長引くだけなので、ボール9球で1塁へ歩くとしたものの、それでも試合時間は長いので、徐々にボールの数が減らされて1889年にボールが4球で1塁へ歩くという現在のルールになった。四球の誕生である。

 日本には、こうしたルールが確立するかしないかという頃に野球が伝わっているので、アメリカも、日本も、野球を発展させていくかなり初期の段階でストライク3球で三振、ボール4球で四球という考え方があったのである。
 しかし、アメリカがボール・ストライクの順でコールする習慣が根づいた一方、日本ではストライク・ボールの順でコールする習慣が根づいた。

 そうなった決定的な原因は、未だに解明されていない謎である。
 かつて玉木正之とロバート・ホワイティングが共同で考察した著書の中では、ベースボール(アメリカ)と野球(日本)の審判コールを比較して、以下のような記述がある。

 どうしてこのような逆転が生じたかは不明だが、ベースボールを見るひとが基本的にバッター(攻撃側)の立場に立っているのに対して、野球を見るひとがピッチャー(守備側)の立場に立っている証左と考えられる。あるいは、ベースボールのバッターが基本的に「ボールは打たない→ストライクは打つ」という攻撃的な思考回路を頭に巡らせるのに対して、野球の打者が「三度あるストライクのうちの一度を打てばいい→あと三振までX回ストライクを見逃せる」と防御的な思考をすることの表われとも思われる。また、ベースボールのピッチャーがストライクの数よりもボールの数を先に思い浮かべるという防御的な思考をするのは、ディフェンス(守備側)の一員として当然のことといえるが、野球の投手は、ボールの数よりもストライクの数を先に思い浮かべるという攻撃的な思考をする。
(『ベースボールと野球道』玉木正之 ロバート・ホワイティング著 1991.5.20 講談社現代新書)

 この本では、観客、打者、投手の視点がアメリカと日本では逆になっていることが要因としている。

アメリカの観客:打者(攻撃)側 日本の観客:投手(守備)側
アメリカの打者:攻撃的 日本の打者:防御的
アメリカの投手:防御的 日本の投手:攻撃的

 確かにアメリカは、圧倒的な打撃力で相手チームよりも多く得点を重ねて勝つ野球を得意としている。
 一方で日本は、いかに投手が少ない失点で抑えて、得点差を守り切って勝つ野球を得意としている。
 第1回、第2回のWBCで日本がアメリカをしのいで連覇の座を手にした最大の要因は、日本の圧倒的な投手力と守備力がアメリカの打撃力を上回っていたからである。
 そこには、アメリカが未開の地を開拓し、圧倒的な軍事力で世界を先導してきたのに対し、日本が小さな島国で結束して自国民を守り、地道に積み重ねた技術力で世界と渡り合ってきた、という両国の国民性も色濃く映る。

 そのため、アメリカの豪快な野球は、常に打者の目線が中心にあり、ボールのカウントが増えることがいかに打者が有利な状況になるか、ということを知るために先にコールする必要があったのである。3ボールになれば、もう次はストライクしか来ない、というほどのチャンスが訪れる、という見方なのだ。
 逆に日本の技術重視の野球は、常に投手の目線が中心にあり、2ストライクをとれば、いかに投手が有利な状況にあるか、ということを知るために先にコールする必要があったのである。先に2ストライクになれば、あとは遊び球を含めて3球のボールをうまく使いながら打者を料理すれば良い、という見方なのだ。

 こうした日米の価値観の違いがアメリカでは打者を育て、日本では投手・野手を育てる結果を生んだ。常に打者が心理的優位に立つアメリカと投手が心理的優位に立つ日本の特長が現在の大リーグや日本プロ野球にも表れている。たとえば、これまで大リーグで活躍を見せている日本人選手は、大抵が投手であることも、その一端なのである。
 そして、図らずも、投手中心でストライク先行の考え方をする日本と韓国がWBCでは2大会連続でアメリカより上位になる、という結果を生み、ストライク先行の考え方がボール先行の考え方より優れていることを証明してしまったのである。


 3.真の国際化は、ストライク先行カウントの優位性を発信すること

 日本がプロ・アマともにボール先行コールで統一することを表明したことによって、ストライク先行コールは、韓国だけとなる。韓国が今後、どのような方針を打ち出すかは未定だが、日本野球が育んで、韓国野球の発展にも貢献した優れた文化が国際化という名目で消滅しかけてしまうことは、極めて残念である。

 確かに国内試合と国際試合で審判のコール順が異なると、打者や投手が混乱して国際試合の勝敗に影響するかもしれないというのは理解できないわけではない。しかし、それだけのために、むやみにやり方を変えるべきではなかった。打者心理を重視して、打者中心のコールにすれば、打者は、育つかもしれないが、今度は投手が育たなくなってしまい、日本の特長がなくなってしまう危険性をはらむからである。

 日本のプロ野球において、過去20年間のセパ両リーグの優勝チームのチーム打率とチーム防御率がリーグ何位だったかを表にしてみると次のようになる。

セ・パ優勝チームの打率・防御率順位
セリーグ 打率順位 防御率順位 パリーグ 打率順位 防御率順位
1990 巨人 2 1 西武 3 1
1991 広島 4 1 西武 1 1
1992 ヤクルト 2 5 西武 1 1
1993 ヤクルト 1 2 西武 1 1
1994 巨人 3 1 西武 2 1
1995 ヤクルト 3 3 オリックス 1 1
1996 巨人 5 1 オリックス 1 2
1997 ヤクルト 1 1 西武 1 2
1998 横浜 1 2 西武 2 1
1999 中日 4 1 ダイエー 4 4
2000 巨人 4 1 ダイエー 2 2
2001 ヤクルト 1 1 近鉄 1 6
2002 巨人 1 1 西武 1 1
2003 阪神 1 1 ダイエー 1 1
2004 中日 5 1 西武 4 1
2005 阪神 3 1 ロッテ 1 1
2006 中日 1 1 日本ハム 2 1
2007 巨人 1 2 日本ハム 5 2
2008 巨人 3 2 西武 2 2
2009 巨人 1 1 日本ハム 1 1

 防御率順位が打率順位を上回ったチームが15あるのに対し、打率順位が防御率順位を上回ったチームが7しかない。
 また、表には出てない部分を見ると、打率1位でチームが最下位になった例が1998年のロッテと2004年の横浜の2例あるのに対して、防御率1位でチームが最下位になった例はない。
 このように、野球においては、チームが安定して勝ち続けるには、打撃力よりもむしろ投手力を育てる方が重要となる。

 こうして見てみると、日本野球が本来、とるべき行為は、国際化という名目でアメリカ方式のコールに変更するのではなく、ストライク先行カウントがいかに野球の理にかなったものであるかを世界に発信すべきだった。日本や韓国がWBCで好結果を残せた理由を今こそ、世界に知らしめるべきなのである。そして、国際大会で使用されているボール先行カウントをストライク先行カウントに変更させることこそ真の国際化であり、日本が世界に対して行える最善の国際貢献なのである。
 日本のスポーツ界は、目先の利益のみを追求するあまり、競技そのものの発展や進化を遅らせてしまう傾向にある。そして、今回の日本野球界の判断は、日本の伝統文化さえ捨ててしまう決断でもある。

 現在、テレビやラジオをはじめとするメディアがカウントコールのあり方を検討し、各球場ではストライク・ボール・アウトのSBOの掲示板もボール優先のBSOに改修するかどうかまで検討しているようだが、少なくとも審判コール以外については、日本野球が育んできたストライク先行を変えないべきである。
 なぜなら、それが投手を中心としたチームで国際大会を勝ち抜いてきた日本代表チームが今後も世界一を争うための最低条件となりうるからである。





(2010年2月作成)

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