プロ野球縮小化への懸念  〜球団数減少回避の道はないのだろうか〜

山犬
 
   1.昨日の敵は今日の友?

 2004年6月13日、近鉄がまたしても新しい策を打ち出した。オリックスとの合併合意。久しぶりに入ってきた刺激的な動きに、僕は、えっ?と声をあげてしまった。合併と言えば、まず銀行と市町村が頭に浮かぶ僕にとって、プロ野球の球団同士が合併するなんてことは、まさに寝耳に水だった。
 同じパリーグでライバルチーム同士が手を握る。昨日の敵は今日の友というのは、プロレスの話なら信じることもできたかもしれない。
 しかし、オリックスと近鉄は、長きにわたって覇権を争っていたライバルチームだ。過ぎた応援合戦の延長で、ファン同士がつかみ合いの喧嘩になったのを僕は球場で見たことがある。
 今回の合併合意をそんな熱狂的ファンが聞いていたら、どれほどしらけてしまっただろう。自民党と社会党が55年体制を崩壊させて連立政権を発足させたとき、多くの人が声を失ったように。

 それにしても、合併や統合で企業の枠組みが変動し続けている情勢の中で、僕は、どうしてプロ野球の球団合併だけはないと思い込んでいたのだろう。それは、自分の会社だけは合併なんかに巻き込まれたりしない、とか、自分の子供だけは犯罪を犯すはずがない、と思い込んでいるような楽観だったのだろうか。

 確かに12球団での2リーグ制は、永遠のものだという推測が心のどこかにあった。僕が生まれたとき、既にプロ野球は、その体制で安定していた。つまり、僕は、それ以外の体制を知らない。
 それもそのはず。2リーグ制になったのは1950年のシーズンからだ。セリーグは8球団。パリーグは7球団。
 合計15球団でスタートしたものの、球団数が少し多すぎるということで吸収・合併の末、1958年からセリーグ6球団、パリーグ6球団の12球団となった。
 その後、プロ野球は、ON(王貞治・長嶋茂雄)の活躍により、国民的なスポーツ・娯楽として人気を得る。そして、高度経済成長とも重なって、言わば安定期に入った。
 それから約半世紀。プロ野球は、常に日本のスポーツの王様に居座り続けるのだ。


   2.移り行く世情

 しかし、高度経済成長で日本が豊かになるにつれ、国民の娯楽は多様化の傾向を見せる。プロ野球人気の陰りが叫ばれるようになり、マスコミは、ポストプロ野球になるかもしれないスポーツを大々的に報道するようになった。
 プロ野球が迎えた最大の危機は、1993年のJリーグ発足だろう。危機感を抱いたプロ野球界は、FA制度やドラフト逆指名制度を導入する。球界の活性化を図るとともに、ファンには斬新さをアピールしようとしたのだ。
 しかし、Jリーグ人気は、長続きしなかった。1990年代後半になると発足当初の勢いを徐々に失い、プロ野球に取って代わる存在になりえなかった。
 それでも、プロ野球が導入したFA制度やドラフト逆指名制度は、弊害を生む。活性化・斬新さの裏に、不公平の前兆が含まれていたからだ。次第に戦力の一極集中や選手の年俸高騰を招き、人気は停滞し、球団経営は圧迫されるという悪循環の中に入ってしまった。上昇気配のない日本社会の不況は、苦しい球団経営に追い討ちをかける。
 1995年には球界ナンバー1投手の野茂英雄(近鉄)が大リーグに挑戦する。そして、新人王に輝くという快挙を成し遂げて日本人大リーガー続出の先鞭をつけた。2001年には球界ナンバー1野手のイチロー(オリックス)が大リーグに挑戦してシーズンMVPまで獲得し、日本プロ野球は、大リーグ人気に押され気味となった。2人が近鉄・オリックスの看板選手だった、という現実が今思い起こせば暗い影を落としている。

 日本人大リーガーだけじゃない。Jリーグの低迷に代わって現れた格闘技ブームも衰えを知らない。アントニオ猪木やジャイアント馬場といったプロレスラー、輪島功一やガッツ石松といったボクサーが活躍した時期以降やや低迷傾向にあった格闘技も、1990年代後半からK−1やPRIDEといった新鮮な分野が台頭してきて人気が沸騰する。武蔵や魔娑斗、桜庭和志といった日本人スターやボブ・サップ、ミルコ・クロコップら外国人スターを生む他に、他のスポーツで活躍していた小川直也、吉田秀彦、曙といった選手をも取り込んで、ますます隆盛の勢いである。
 また、期間限定であるとはいえ、サッカーW杯やオリンピックは、プロ野球をしのぐほどの人気を誇る。
 長らく日本で圧倒的な人気を誇ってきた日本プロ野球。だが、多様化するスポーツの中で、その他大勢のうちの一つになり下がってしまう岐路に立っていることも事実なのだ。


   3.近鉄の苦闘

 2004年に入ってすぐ、プロ野球界を揺るがす騒動が起きる。1月31日に近鉄が発表した命名権売却である。近鉄は、球団経営に大きな赤字を抱えており、親会社の支援でもそれを補いきれてなかった。
 そのため、ついに「近鉄」という名前を売却してでも、経営改善に乗り出そうとしたのだ。そのことについて、僕は、少しの違和感を抱いただけで、反対ではなかった。
 しかし、球界の権力者たちはこぞって近鉄の命名権売却に反対し、押しつぶしてしまう。最終的には野球協約が命名権売却という行為自体を想定していない、という理由が決め手となっていく。
 結局は何も変わらなかった。近鉄は、相変わらず苦しい経営を続けなければならなかった。
 近鉄は、次の手を打つより仕方なかった。そうして出てきたのが球団の合併なのである。
 このことに関しては、賛否が分かれている。基本的には、1リーグ制によって損する球団が反対し、得する球団が賛成する、という構図になっている。まあ、当然と言えば、当然の話なのだが、今回の合併については、野球協約の想定外ではない、というのが球界の権力者たちの意見となっているようだ。
 大体、法や規約といった類のものは、権力者たちが都合よく解釈できるように作られているものだが、どうやら合併も、権力者たちが賛成をすれば簡単に進んでいくものらしい。
 
 このまま行けば、近鉄は、オリックスの一部になり、あふれ出る近鉄の選手達は、他球団に引き抜かれて離散してしまうだろう。
 「江夏の21球」を生み出し、伝説の10.19を生み出し、代打逆転満塁サヨナラ本塁打での優勝を生み出した近鉄がこんな形で消滅してしまうことに僕は、淋しさと憤りを感じる。
 だが、新たなる飛躍を求めて近鉄を去った野茂英雄や吉井理人、大塚晶則、タフィ・ローズらに罪はない。むしろ、そういった大選手を育て上げながら、彼らの力を最大限に利用できず、球団経営を軌道に乗せ切れなかった近鉄と、常にセリーグの後塵を拝することしかできなかったパリーグの経営にこそ責任がある。
 今回のあまりに突飛な合併合意に対して、僕は、もっと憤るファンが大勢現れることを望んでいる。
 このままパリーグを5球団にして、セリーグへ吸収されるように1リーグ制へ活路を求めるのはあまりにパリーグの歴史を軽視しすぎてはいないだろうか。巨人戦での利益だけを求めては、あまりに失うものが多くはないだろうか。


   4.1リーグ制は時代逆行ではないか?

 1リーグ制という聞き慣れない言葉がここのところ、流行語のようにマスコミで流れている。いかにも、新しい時代の流れ、といった形の報道が多いけど、実際は2リーグ制より1リーグ制の方が遥かに古くて原始的な制度だ。
 日本も、かつて1リーグ制だった。プロ野球創設当初は、8球団しかなく、2リーグ制を取るにも取れない球団数しかなかった。
 正力松太郎や鈴木竜二といったプロ野球の草創期に携わった人々は、プロ野球創設当初から2リーグ制への移行を目指していた。
 1949年時点で8球団の1リーグ制だったプロ野球は、翌1950年から15球団の2リーグ制へ移行し、日本選手権(日本シリーズ)が行われるようになる。

 僕には、現在の巨人が1リーグ制を支持する側に回っているのがどうにも解せなかった。かつて、2リーグ制移行を提案したのが巨人の生みの親、正力松太郎であったこともあるけど、理由はもう一つある。
 僕は、思い切って友人に尋ねてみることにした。
「それにしても、どうして巨人は、1リーグ制を推し進めようとするんだろう?」
「巨人の人気低迷を食い止めるには、パリーグのチームと対戦させて注目を引き出したいんじゃないの。最近、テレビの視聴率も落ちてきてるそうだから」
「でもさあ、仮に1リーグで11チームになったら今以上に巨人は優勝から遠のくよ」
「それは仕方ないんじゃない」
「いやいや。巨人は、昔から球界の盟主として常に優勝を義務付けられてるっていう栄光のチームなんだよ。そのために、今までもいろんな選手を集めてきた。そのかいあって、巨人は4年連続で優勝を逃したことは未だかつてないんだ」
「へえ、じゃあダイエーや西武が同じリーグに加わってくると、不都合だろうにね。他に何か、大きなメリットでもあるんだろうか?」
「それが僕には思いつかないんだ」
 結局、僕たちは会話の中で、1リーグ制になって巨人が得る大きなメリットを一つも見出せなかった。

 もし、1リーグ制になったら、ということをマスコミや権力者たちは、どこまで想像して、新しい時代の流れ、と見ているのだろうか。
 全セ×全パのオールスターゲームがなくなってしまうのだ。セ・パ両リーグから選出された一流選手・人気選手が対戦する「夢の球宴」が普段のペナントレースに吸収されてしまう。
 そして、セリーグの優勝チームとパリーグの優勝チームが日本一をかけて戦う日本シリーズさえ、なくなってしまうのだ。
 なくなるということは、ファンの楽しみがそれだけ減るということであり、逆にファンを減らしてしまう要因になりかねない。
 また、ペナント終盤になって10位と11位の試合とか、7位と8位の試合とか、6位と9位といった優勝に関係のない消化試合が増えてしまい、逆にファンをしらけさせてしまう可能性も高い。
 端的に言えば、僕は、1リーグ制に反対なのだ。


   5.2リーグ制はプロ野球創設以来の念願

 日本が2リーグ制をとったのは、言うまでもなくアメリカ大リーグの成功を元にしている。
 アメリカ大リーグが正式に2リーグ制をとったのは1900年からである。既にあったナショナルリーグに加えて、アメリカン・リーグが8球団で発足した。
 初のワールドシリーズは1903年。以降、1世紀以上にわたって2リーグ制を存続させて成功を収めている。
 現在、アメリカ大リーグは、2リーグ制で計30球団を抱えている。2リーグ制以降も、日本とは逆に球団数の増加があった。日本の倍以上の球団数を誇りながら、両リーグともに活気を失っていない。
 シーズンが終わると、各地区で勝ち残ったチーム同士がリーグのプレーオフを行う。もちろん、盛り上がりはシーズン以上だ。そして、晴れてリーグチャンピオンになったチーム同士がワールドシリーズを戦うのだ。ワールドシリーズでの全米の熱狂は、もはや語るまでもないだろう。
 1年間かけて徐々に盛り上げていき、最後のワールドシリーズでは全米中が熱狂の頂点に達する。大リーグを見ている限り、2リーグ制は、非常に優れた制度と言えよう。

 日本が1950年から2リーグ制を取り入れようとしたとき、アメリカ大リーグは、2リーグ制にしてから既に半世紀がたっていた。
 既に日本でプロ野球が創設された1936年にはアメリカ大リーグは2リーグ制が軌道に乗っていたのだから、日米の歴史には格段の差がある。アメリカ大リーグの2リーグ制とワールドシリーズの熱狂を見れば、日本のプロ野球創設者たちが2リーグ制を理想とするのも無理はなかった。
 そうして、日本が取り入れた2リーグ制も、半世紀近くにわたってセパ6球団ずつのバランスで安定してきた。人気に格差こそあれ、実力は、ほぼ均衡を保ってきたと言ってもいいだろう。
 ところが、2リーグ制が存続されることになっても、現状のまま行けば、パリーグは5球団になって、セ・パ6球団ずつという均衡は崩れることになる。
 日本では、球団数を減らすことによって質を高め、プロ野球の活性化を進めるのだ、という意見もあるけど、それは、単なる経営不振を一時的に防ぐためのリストラにすぎない。そんなことをしたからといって好転が期待できるわけでもなく、単なる経営縮小を招くのだオチだろう。

 パリーグが5球団になった場合、試合に出られる選手がそれだけ減少してしまう。仮に何らかの救済措置にて現在の選手数が維持されるとしても、試合に出られる選手は1チーム分減少するのだ。
 それだけじゃない。非常にスケジュールが組みにくくなる。まず、開幕戦でどこか1チームは試合する相手がなく、休まざるをえないのだ。
 つまり、僕は、1リーグ制に反対するばかりか、パリーグの6球団を5球団にすることにも反対する。

 
   6.日本版ダイヤモンドバックスの出現を願う

 子供の頃、多くの男性は、将来プロ野球選手になる、という夢を抱く。多くの大人は、プロ野球チームの監督を一度はやってみたい、という夢を抱く。
 さらに年齢を重ねていけば、プロ野球の球団経営という壮大な夢に辿り着く人も少なくないだろう。
 僕も、球団を保有できるだけの資金があれば、いや、微力であっても球団経営に携わることが可能な制度ができれば、いつでも球団を経営してみたいとさえ思う。
 球団経営のみを見て多少の赤字があったとしても、それは構わないとさえ考えている。多くの人々と夢を分かち合えればそれでいいのだ。利益を度外視とまでは言わないにしても、野球の収入以外での宣伝効果は絶大だろうし、趣味に似た楽しみがある。
 プロ野球の球団というのは夢を売る商売だ。しかも、老若男女を問わずに。毎年毎年、優勝や大選手の輩出という夢を得るために経営をすることこそ、醍醐味と言えよう。

 だから、僕は、近鉄が合併をしてしまう前に、近鉄というチームを経営してやろう、もしくは、新球団を設立してやろう、という企業が現れることを切望する。大リーグのダイヤモンドバックスのように、経営のやり方次第では設立後、瞬く間に世界へ知れ渡るようなチームにすることも不可能ではない。
 現在、日本には球団を経営している企業の他に、世界を代表する大企業や、情報化によって急成長した企業なんかが数多くある。
 パリーグを5球団に減らしての2リーグ制や、10球団や11球団での1リーグ制がプロ野球の発展を招くとは僕は思えない。
 むしろ、大リーグなみに、もっと球団を増やしてでも、競争力を高める方策をとった方が埋もれていた選手の発掘や成長を促進でき、それがまたプロ野球の発展につながるような気がするのである。




(2004年6月作成)

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