2015年7月のコラム

犬山 翔太
 
 @混戦こそ伝説や名将を生み出す根源

2015年07月05日

 2015年7月3日は、セリーグにとって史上初の屈辱的な日として、後世まで語り継がれるだろう。
 何せセリーグ6球団すべてが借金生活という異常事態に陥ってしまったからだ。

 交流戦がなければこのような事態は起こりえないため、交流戦が始まってわずか11年目で起きたということは、今後もしばしば起きるかもしれない。逆にパリーグの全チームが貯金という事態も見てみたいものである。

 2015年の交流戦の結果を見ると、セリーグがパリーグに合計17の借金を背負っており、1球団あたり約3つの借金を背負っている。このまま混戦が続けば、貯金なしで各チームがペナントを争うこともありえる。

 大抵はチーム力を整えた球団が抜け出していくものであり、さすがにこのまま借金を抱えた球団がリーグ優勝するとは考えにくいが、例年になく面白いシーズンになりそうである。

 というのも、セリーグは、過去を見渡してみると、混戦になったときにこそ、歴史に残る伝説のシーズンを生み出している。
 たとえば、1973年は、巨人が不滅とも言われるセリーグ9連覇を達成したのだが、この年は、主力メンバーが衰えを見せ始めていたため、シーズン終盤まで苦しい戦いを強いられた。
 阪神とは最後までリーグ優勝を争い、最終成績も66勝60敗4引分というわずか貯金6での優勝で、2位阪神とのゲーム差はわずか0.5であった。

 その後、1992年には野村克也監督が弱小チームだったヤクルトを類まれな采配力によってリーグ優勝に導いたのだが、この年もシーズン終盤まで混戦となって最後は69勝61敗1引分の貯金8で、巨人と阪神をわずか2ゲーム差で振り切っている。

 さらに、1994年には130試合目で勝った方がリーグ優勝という中日×巨人戦があった。長嶋茂雄監督が国民的行事と評したほど、空前の注目度を誇って10.8決戦は伝説となった。両チームが69勝60敗の貯金9で並んで最終戦となったため、優勝した巨人でも貯金は10しかなかった。

 2015年のシーズンも、いまだどの球団がリーグ優勝してもおかしくない状況である。
 今年は、前田と黒田のダブルエースに加えてエース級の働きをしているジョンソンがいる広島がかなり注目を集めているため、広島がペナントレースを引っ張る展開になれば、かなり盛り上がりを見せることになる。
 とはいえ、現状では、どの球団も混戦を抜け出すには、決め手がない状況である。チームの防御率、打率、本塁打数、盗塁数などを総合的に見てみても、どの球団も似たり寄ったりのチーム力となる。

 それだけに、どの球団がペナントを制するかは、夏場以降に向けていかに力を蓄えて、投手力を整備して行けるかによる。
 選手起用のやりくりが重要性を増してくるだけに、今年リーグ優勝した監督は、名将と呼んでいい。


 Aイチローの不振と秋山の覚醒

2015年07月12日 12:08

 イチローが大リーグで34打席連続無安打という信じがたい不振に陥った今年、日本では西武の秋山翔吾がすさまじいペースで安打を積み重ねている。

 開幕から83試合で136安打、打率.383。
 あと60試合で79安打を放てば2010年にマートンが記録した歴代最多の214安打を抜くことになる。
 イチローがイチローらしい成績を徐々に残せなくなってきたこの時期に、かつてのイチローのような成績を残しそうな選手が出てきたというのは、感慨深い。1994年に連続試合出塁を続けていたイチローを見るために本拠地神戸にまで見に行ったときの高揚感がよみがえってくる。
 イチローが田尾安志に憧れて育ち、田尾を引き継ぐようにプロでスター選手となっていたように、また新たなスター選手が生まれて歴史は引き継がれていくのだろう。

 私は、これまで秋山という打者にさほど注目をしたことがなかった。西武の秋山といえば、かつて秋山幸二という華のあるスラッガーがいたので、同じ名字の選手が出てきたんだ、というくらいのものだった。
 それに、西武には、中村剛也、メヒア、浅村栄斗という強力なクリーンアップがいて、栗山巧という好打者もいる。
 昨年までの秋山は、彼らに隠れてあまり目立たない存在であった。昨年の打率.259、123安打もこれといって取り上げるほどの成績ではない。

 それがオールスター前に早くも昨年の安打数を大きく上回っている。突如として打撃開眼して、とてつもない好成績を残すということは、しばしばある話だが、やはりこうして彗星のごとく現れると、プロ野球に対する注目度も飛躍的に高まる。

 シーズン最多安打の日本新記録が生まれるかどうかについては、私は、生まれる可能性が高いと見ている。

 秋山が1番打者で打席に立つ機会が多いというのもあるが、西武打線が活発で栗山、浅村、中村、メヒア、森と続く打線は切れ目がない。回ってくる打席数もかなり多くなることが予想できる。
 さらには、強力な打撃陣が後ろに控えていることで、秋山と勝負を避けることができない。投手は、秋山ばかりに注意を払うことができないので、秋山に対する投球だけが厳しくなることもない。

 そのあたりは、1994年のオリックスとも似たところがある。当時、2番打者だった福良淳一(現オリックス監督代行)や3番打者の小川博文が3割を打っていただけに、投手は、イチローと勝負を避けたり、イチローのみを厳しくマークすることができなかった。
 結果、イチローは130試合で210安打を放ち、打率は.385を記録したわけだが、130試合で210安打という不滅と言われた記録を抜けるかどうかにも注目したい。


 B不滅と言われた記録を破ろうとしている谷繁元信

2015年07月19日 13:29

 谷繁元信を私が知ったのは、過去を調べてみると1987年の夏ということになる。当時、甲子園の高校野球は、ほとんどの試合を見ていたから、きっと谷繁の姿を見ていたはずだ。谷繁は、当時、江の川高校の捕手として甲子園に出場している。
 このときは0−4で横浜商業に敗れ、谷繁も無安打だったので、私の記憶には残っていない。
 私の記憶に残っているのは、翌1988年の夏、2回戦で伊勢工業に9−3で勝った試合からだ。プロ注目の強打の捕手として谷繁は、有名になっていた。伊勢工業戦は1安打だったが、3回戦の天理高校戦では3打数2安打1打点の活躍でチームをベスト8に導いた。あれから27年たち、谷繁はいまだ現役である。
 高校生の捕手がドラフト1位で大洋に指名されたのは驚きであったが、それ以降の長年にわたる活躍は、予想だにしていなかった。

 現在、谷繁元信は、3015試合出場まで伸ばし、後半戦開始早々に野村克也の3017試合を超えそうである。

 これまで、仮に3017試合出場という記録を抜く選手がいるとしたら、外野手か一塁手くらいではないかと思っていた。それがまさかの捕手である。
 捕手でありながら3017試合出場という野村克也の快挙は、不滅とさえ言われており、現代の大型選手や外国人選手が多くなったプロ野球では故障の危険も大きく、長期間正捕手の座を守ることは不可能に近い。

 横浜時代の谷繁は、打撃が目立つ捕手だった。1996年に打率3割、1999年に打率.295を残している。横浜最後の2001年には20本塁打を記録し、2002年には24本塁打を放っている。

 転機は、中日に移籍後、落合監督が就任してからだろう。投手を中心とした守りの野球を究めていく中で、投手王国を支える守りの捕手としての評価を高めていくことになる。
 元々キャッチングとスローイングに関しては超一流であり、キャッチングは佐々木のフォークボールは谷繁しか捕れないとさえ言われていた。
 また、中日へ移籍してからも、岩瀬のスライダーは谷繁しか捕れないと言われることもあった。
 さらに、素早さと正確さを兼ね備えたスローイングも、古田敦也と双肩であった。
 そこへリードに巧さが年々加わって行ったことで、谷繁は、プロ野球の歴史上で誰も成しえなかった試合数に到達しようとしている。

 その谷繁も、近年は度々限界説がささやかれてきた。特に2009年には打率.208、62安打まで落ち込み、いつ若手選手に取って代わられてもおかしくなかった。
 それでも、その年は守備率10割を達成し、巧みなリードと強肩にも衰えを感じさせず、谷繁はずっとレギュラー捕手を守り続けた。

 2005年から2014年までの10年間で打率.250を超えたのはわずか1回しかないにもかかわらず、その間ずっとレギュラーというのは奇跡に近い。
 野村や田淵、古田のように超一流の打撃があるわけではなく、森昌彦のような緻密な策士でもないのだが、現役の捕手として総合的に谷繁をしのぐような存在は未だに出てきていない。
 ということは、今後、谷繁の出場試合数を超える捕手も、まず出てこないのではないかと考えられる。

 出場試合数のプロ野球新記録を樹立したら、監督業専念を勧めるような報道も出てきてはいるが、不世出の捕手だけに、限界を感じないうちは捕手を兼任してもらいたいものである。


 Cおかわり君に寄せる異次元な記録への期待

2015年07月25日

 日本人で現役最高のアベレージヒッターがイチローなら、スラッガーは中村剛也である。

 愛敬のある丸顔で温厚な人柄の中村は、「おかわり君」の愛称で親しまれ、その実力がキャラクターに隠れて過小評価されがちだが、最近7年間で5度の本塁打王を獲得した天才打者だ。
 本塁打王を逃した2度は、いずれも故障で100試合未満の出場に終わっており、もし仮に故障がなければ、本塁打王になっていたことはほぼ確実なのである。

 2015年も、このままいけば本塁打王の1番手であり、今後も故障なく出場し続ければ、30代で王貞治、野村克也に次ぐ通算600号到達も可能である。

 中村が過小評価されてしまうのは、親しみあるキャラクターに加えて、パリーグであることと、打率が低いことだろう。中村の通算打率は、2014年末時点で.254であり、シーズン3割を超えたことは1度もない。
 豪快なスイングで簡単に三振することも多く、常に本塁打を常に狙っているような打撃を見せる。当てに行くような打撃をしないので、逆に爽快ささえ感じられる。

 だからこそ、2014年のように98安打と、100安打未満ながら34本塁打で本塁打王という記録を残せるのだ。

 2015年7月24日の日本ハム戦では、あの大谷翔平から満塁本塁打を放ち、ついに王貞治の通算満塁本塁打15本に並んだ。王が868本中15本であるのに対し、中村は、301本中15本と満塁本塁打の確率がかなり高い。

 これは、王がV9時代の巨人で満塁では状況に応じて確率の高いヒット狙いに切り替えていたのに対し、中村は、常に満塁本塁打を狙っていることが読み取れる。
 そういう状況に関係なく本塁打を放ち続けるのが中村最大の魅力である。

 現在の日本人選手で、王貞治の55本塁打やバレンティンの60本塁打を抜く可能性を感じるのは、中村剛也くらいである。
 何せ、極端に飛ばない統一球を使用していた2011年に48本塁打という圧倒的な本塁打数で本塁打王に輝いた。
 そんな本塁打を放つ技術が1年を通してきっちりはまれば、すさまじいペースで本塁打を重ねることができるはずだ。
 中村には、ぜひ狙ってシーズン60本塁打以上を叩き出してほしいものである。




(2015年8月作成)

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