15秒ルールより試合開始時間の変更を
?2009年シーズン前の15秒ルール騒動から?

犬山 翔太
 
  1.選手にもファンにも不評な15秒ルール

 2009年のプロ野球でまず最初に注目を集めているのが15秒ルールである。
 2009年1月19日の実行委員会で承認されて決まったこのルールは、春季キャンプから各球団を混乱に陥れ、野球ファンの間でも否定的な意見が噴出して物議を醸している。
 私も、よく世間話としてこの15秒ルールを語るのだが、先日、ある知人は、世間が騒ぎ過ぎだ、と苦笑していた。
「時間制限のルールは、昔からあるけど、こんなのは決めたって守れるもんじゃないよ。公式戦が始まるとすっかり忘れられているんじゃないかな」

 俗に言う15秒ルールは、投手が球を捕ってから投球動作に入るまで15秒以内、という基準を設け、それを超えた場合は、ボールを宣告するという罰則である。適用は、無走者のときのみとなったが、サインに何度か首を横に振ると15秒が経過してしまう、という点だけ見ても、適用の難しさを物語っている。
 投手によって投球間隔にはかなりの個人差があり、特に技巧派投手にとっては、間のとり方を変えることによって打者との駆け引きを行うため、この15秒ルールは投手生命をも揺るがすことになる。

 そこで生まれてくるのが、果たして15秒ルールは本当に必要なのか、という疑問である。
 ヤフージャパンは、世間の騒動を受けてインターネットでアンケート調査を行い、結果は実に78%が反対というものだった。国民の10人中8人は、反対しているわけで、時間短縮を図ってテレビサイズで試合を終わるようにし、野球人気の上昇を目指して変えたルールがこれだけファンの不評を買うとなると、本当にやる意味があるのか、と言いたくなる。

 今回のルール変更によって、多くのファンが野球の醍醐味として、「投球の間」というものを高く評価していることが浮き彫りになった。プロ野球の投手だけでなく、ファンにも不評な15秒ルールは、今後いかなる道を歩むべきなのか。


 2.かつては20秒以内

 以前から野球規則には投球前の時間制限が存在していた。投手は、捕手から球を受けたら20秒以内に投球しなければ、ボールを宣告されることが明文化してあったのだ。
 そして、2007年度の改正で「20秒」が「12秒」に変更となった。

公認野球規則(2009年3月時点)
8・04 塁に走者がいないとき、投手はボールを受けた後12秒以内に打者に投球しなければならない。投手がこの規則に違反して試合を長引かせた場合には、球審はボールを宣告する。
 12秒の計測は、投手がボールを所持し、打者がバッターボックスに入り、投手に面したときから始まり、ボールが投手の手から離れたときに終わる。
 この規則は、無用な試合引き延ばし行為をやめさせ、試合をスピードアップするために定められたものである。従って、審判員は次のことを強調し、それにもかかわらず、投手の明らかな引き延ばし行為があったときには、遅滞なく球審はボールを宣告する。
(1)投球を受けた捕手は、すみやかに投手に返球すること。
(2)また、これを受けた投手は、ただちに投手板を踏んで、投球位置につくこと。

 公認野球規則は、投手が「ボールを受けた後12秒以内」だが、2009年のプロ野球は、さらに範囲を広げて「投手が球を捕ってから投球動作に入るまで15秒以内」というプロ野球独自の基準をアグリーメント(申し合わせ事項)として記載することになったのである。

 しかし、こうした時間短縮は、かなり以前からプロ野球界では改善すべき事項として度々問題視されてきた。

 1972年4月14日、東映×阪急戦で1回裏、東映の先頭打者大下剛史に対して阪急の先発投手梶本隆夫が2?3から20秒ルールを適用されたのだ。2?3だったこともあって大下は、四球となって1塁へ歩いた。これは、梶本がマウンドの土を長い時間かけて慣らしていたため、投球動作に入ろうとしたときには、ボールを受けてから既に20秒が経過していたのである。
 その後も、1977年9月15日の阪神×広島戦で1回に阪神の打者掛布雅之に対して広島の先発投手北別府学がボールこそ宣告されなかったものの、審判から警告を受けている。

 公認野球規則がまだ20秒以内だった1983年、パリーグが15秒以内に短縮することを目標値として発表すると、翌年にはセリーグも15秒以内を目標値とした。
 とはいえ、公式戦でボールを宣告されたのは、梶本のみであり、あくまでも選手の善意頼みのルールだったのだ。野球規則の記載は、いつしか空文化していった。

 野球の試合時間は、野球の発展に伴って長くなる傾向にある。そのため、日本のプロ野球は、現在では午後6時に始まった試合が午後9時までに終わることは少ない。
 これは、日本のアマチュア野球や大リーグの試合時間に比べても長い。当然、プロ野球草創期の試合時間と比べると雲泥の差があるほど長い。
 ゆえに現在では午後7時から午後9時までの放送を基本としているテレビ中継の枠に入りきらない試合が大多数となってしまった。
 テレビ観戦する野球ファンは、最も見たい9回の攻防やゲームセットの瞬間が見られないのである。また、少し遠方から球場へ観戦に訪れたファンは、終電の時間を考えてゲームセットを見ずに帰宅せざるを得ないこともある。
 
 そういった状況が2009年の15秒ルールの厳格な適用を生み出したのだが、あくまで野球のエンターテイメント化を優先してテレビサイズに収まるようにすることが野球人気の回復につながるかと言えば、世論を見る限り否定せざるを得ない。そのうえ、バッテリーが考えたり、間合いをはかったりする時間すらない投球間隔は、とても野球の発展に貢献するルールとは言えないのである。


  3.投球の時間制限以外で調整を
  
 日本のプロ野球がテレビ中継や観客の帰宅時間といったプロ野球ファン向け対策を考えながら、逆にファンに不評を買ってしまったのは、極めて皮肉な結果である。

 しかし、それは、逆に日本のプロ野球ファンが日本のプロ野球の試合をかなり高く評価している裏返しでもある。
 ときに外国人からは、試合が長引く様々な理由をやり玉にあげられることもあるが、それは、大抵が日本野球の特長である。
 たとえば、打者や投手が打席やプレートを外すことが多い。序盤からでも犠牲バントで得点圏にランナーを送り、緊迫した場面を作り出す。投手がコーナーを丁寧につく投球でカウント2?3となることが多い。打者もファールで粘り、四球で歩いてチャンスを作り出そうとすることが多い。投手がランナーに対する牽制球が多い。マウンド上、あるいはベンチ前でのミーティングが多く、長い。

 投球間隔の長さ以外にも、外国メディアや外国人選手から日本野球へのこうした不満が挙がってくる。
 以前は、こうした不満があたかも短所であるかのように日本でも考えられていたのだが、近年の日本人大リーガーの活躍やWBCでの日本代表の活躍により、日本が作り出した精密な野球が世界的に高評価を受けつつあるのだ。

 確かにスポーツには、サッカーやバスケットボール、ボクシングのように試合時間がきっちり決まっているものと、野球やバレーボール、テニスのように試合時間がきっちり決まっていないものが存在する。
 そのため、他のスポーツと比較して論じることがそもそも困難となってくるのだが、野球は、他のどのスポーツと比較しても、様々な場面において、最も駆け引きの間を読みながら楽しめるスポーツである。

 ゆえに0?0で9回裏を迎え、無走者で一発の魅力がある四番打者が打席に入ったとき、投手は、打者との駆け引きに少々時間をかけてでも最善策を導きだしてほしい。
 むやみに投球間隔を縮めて、単調な投球をして簡単に本塁打を浴びていては、野球の質が低下するだけである。また、そういう緊迫した状況であれば、たとえ国際大会であっても審判がボールを宣告するようなことはないはずである。

 プロ野球のエンターテイメント性を重視し、何とか午後9時までに試合が終わる方向へ持って行きたいのであれば、むやみに試合時間の短縮を図るより、むしろ試合開始時間を6時から5時半に変更する方針をとってもらいたい。
 それによって、仕事の就業時間後すぐに駆けつけても試合開始からの観戦に間に合わないという不満も出てくるかもしれないが、ゲームセットを見られないよりは、試合開始を見られない方がまだ納得できるはずである。特にテレビ観戦の場合は、午後7時からが多いので、元々試合開始からの1時間は見られていない。それが1時間半になったところで、大きな支障は出ないはずである。






(2009年3月作成)

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