「ガラスの十代」を語る
山犬

 毎年、夏の高校野球の季節になると、野球中継の隙間から必ず耳に入ってくるメロディーがある。スタンドに陣取る高校のブラスバンド部が毎年演奏している定番があるからだ。
 その中でも、私を高校生の頃に引き戻して感傷を呼び覚ますほど、耳に残って離れないメロディーがある。そのメロディーは、心が高ぶる若々しいビートを刻んでいながら、どこか危うい不安が顔を出し、それを全力で乗り越えようとする強い意志を持つ。
 野球の応援は、管楽器を主体にした演奏のみで歌詞はない。私は、そのメロディーを聴きながら、多くの高校生は、歌詞を知らないのだろうなと思ったりする。
 
 それもそのはずだ。そのメロディーをサビとする楽曲が発売となったのは1987年11月で、今の高校生たちは、まだ生まれてもいない。
 しかし、演奏する曲目を選んでいたブラスバンド部員、あるいは、打席に立つときの応援歌を探していた選手は、そのメロディー、そしてその歌詞に触れた瞬間、自らが今、抱えるみずみずしい感受性とあまりにも共通することに驚き、演奏することを決めたはずである。おそらく、自らが生まれる前に作られた楽曲だとは知らずに。
 その楽曲は、現在でも野球の応援歌の定番として全国各地の高校や中学校で演奏されているという。私は、通常は一時の盛り上がりだけで終わるはずの流行歌、しかもアイドルの歌った流行歌がここまで長く深く全国に浸透していることに驚きを隠せない。

 その楽曲こそ、光GENJIの「ガラスの十代」である。CHAGE&ASKAの2人が共同で作曲した「STAR LIGHT」でデビューした光GENJIは、瞬く間に日本を代表するスターとなり、セカンドシングルとして発表した「ガラスの十代」で日本中を光GENJIブームに巻き込むこととなる。
 「ガラスの十代」は、ASKAが作詞作曲を手がけ、当時としては異例のオリコン6週連続1位を記録し、1988年のシングル売上2位となる。その年の1位は、同じくASKAが作詞作曲を手がけた光GENJIのサードシングル「パラダイス銀河」なのだから、日本中がASKAの楽曲に魅了されていたわけである。
 光GENJIのデビューからの3曲は、既に伝説である。光GENJIの楽曲人気投票を行えば、まずこの3曲がベスト3に並ぶことになる。そして、その3曲ともが、高校野球の応援歌の定番として、演奏され続けているのである。

 その3曲の中でも、とりわけ「ガラスの十代」を演奏しているのが目立つのは、この楽曲が持つ感受性の豊かさにある。もっと言えば、最もASKAらしさが出ている楽曲だからでもある。ASKAは、若いアイドルへの提供曲でありながら、敢えてマイナーコードの楽曲を制作し、編曲にはCHAGE&ASKAと同じ佐藤準を起用してシンセサイザーを中心とした最先端サウンドに仕上げている。アイドルへの提供曲でありながら、ASKAは、CHAGE&ASKAと同様に質の高い楽曲を作り上げたのである。特にサビの詞とメロディーにはもはや感嘆するしかない。
 
 この楽曲の主人公は、タイトルの通り十代である。中学生から高校生にかけての年齢、つまり思春期である。人の一生は、マラソンだけではなく、季節に例えられることも多い。それは、おそらく一生が冬から始まり、春、夏、秋を経て再び最後は冬に戻っていく印象があるからだろう。
 そうなると、思春期というのは、季節で言えば、文字通り春なのだ。ASKAは、十代の半ばから後半にかけての多感な時期を春という季節とかけて描く。思春期になると、人は、異性に対してそれまでは抱かなかった特別な感情が芽生えてくる。そして、異性との交流の中で、さまざまな新しい経験を重ねるのだ。しかし、それは、手探りでもあり、怖いもの知らずでもあり、傷つきやすくもあり、また悩みの多い時期でもある。

 主人公は、ある日、ほんの少しのボタンの掛け違いによって、恋人の女性から突如別れをもちかけれられ、戸惑いを隠せなくなる。
 そして、その戸惑いを率直に表面に出し、優しく女性に答えを返す。若気の至りから一時的な感情で、別れたくなってしまうこともある。十代というのは、そんな、まるで春のような不安定な季節なのだから、と女性に語りかけるのだ。私は、サビだけでなく、当時、十代である光GENJIのメンバーがソロでまっすぐに歌うこの部分に強く心動かされる。

 主人公は、どうしていいか分からずに泣いてしまった恋人に、愛の言葉を投げかけ、主人公の気持ちが純粋にその女性のことだけを強く想っていることを伝える。そんな主人公でさえ、2人の関係がいつ壊れるとも知れない不安の陰に苛まれている。立派な大人のように確固とした地位や責任があるわけではない。将来、どうなっていくか予測もつかない不安の中で、恋や夢や希望など、すぐに壊れてしまいそうにさえ思える。しかし、将来が予測できない十代という時期だからこそ、大人のような強さがないからこそ、偽りない心で愛し合い、ともに乗り越えて行こう、と女性を包み込む。
 ASKAは、そんな十代という時期を、そして、彼らが育む恋愛や夢、希望を、透明で何かにぶつかればすぐに割れてしまいかねないガラスに例え、しかしながら、そんな危うさの中で光り輝く美しさに価値を見い出すのだ。

 「ガラスの十代」の前にも後にも、十代の光と陰を完璧なまでに描ききった楽曲は存在しない。おそらく、これからも、この楽曲を超えるような名曲が世に出ることは難しいだろう。それゆえに、「ガラスの十代」は、永遠に高校野球の試合中継で耳にすることになるに違いない。


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